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坂出3人殺害公判、読み上げられた幼い被害姉妹の母の手記

 香川県坂出市林田町で2007年11月、パート従業員三浦啓子さん(当時58歳)と孫の山下茜ちゃん(同5歳)、彩菜ちゃん(同3歳)姉妹を殺害したとされ、殺人、死体遺棄罪などに問われている無職川崎政則被告(63)の11日の集中審理で、高松地裁の菊池則明裁判長は、殺害された姉妹の母、山下佐智子さん(35)の手紙を読み上げた。

 手紙には、事件によって今も続く家族の苦しみ、川崎政則被告への怒りがつづられている。

          ◇

 裁判長、裁判官の皆様お手紙で申し訳ございません

 初めに事件当日からお話しします

 平成19年11月16日、今でもハッキリ記憶に残っています。
 遺体の3人が私達(たち)の目の前に戻って来た時、茜の顔を見ると、茜は、睨(にら)みつけ、阿修羅(あしゅら)のように目を見開いて、彩菜は、おびえたような目をして、お母さんは、引き裂かれたように、みんな殺されていました。

 私のお手伝いをしてくれていた茜、泣き虫で、甘えん坊でおてんばな彩菜、いつも私の支えになってくれていた働き者のお母さんを殺害した悪魔のような川崎政則を殺してやりたいぐらい憎くてたまりません。

 私があじわった気持ちを川崎政則にもあじわってもらいたいし、川崎だけでなく、川崎の親族にもあじわってほしいそういう気持ちでいっぱいです。

 まず初めに主人があじわった事から書かしてもらいます。平成19年11月17日から、主人が犯人だと報道され、行く先々までマスコミ各社が追いかけ回し真実でない事を毎日、毎日報道し、辛(つら)い毎日を送る事になりました。

 明るく、元気に振る舞っていてくれましたが、本当は、辛く、苦しく、眠れない毎日だったと思います。

 私達の前では、主人が涙をこらえ、1人になった時に泣いていたと思います。自殺を図る事も考えていたかもしれません。私は、主人が一番つらい中でいたのに支えきれず、何もしてあげられなかった。その時、川崎政則は、何も考えず平気な顔をして、日常生活を送っていたと思うと、私達家族は、はらわたがにえくり返り、殺してやりたいぐらい憎しみでいっぱいです。

 次に長男の事を書かしてもらいます。

 長男は、マスコミ各社から私を守ってくれ、励ましつづけてくれました。

 そんな長男ですが、妹達とばあちゃんの遺体を目の前にした時、初めて大泣きしていました。

 それまで私を励ましつづけてくれていた長男の初めての涙でした。

 そういう長男ですからいじめにあっていても私達には、はなさず、耐えつづけていました。

 長男が一度だけ泣いて学校から帰って来た事があります。その時、初めて長男がいじめにあっていた事を話してくれました。でも私には、何もしてあげられず、ただ長男の事を支えることだけしか出来ませんでした。

 世間の人達がマスコミ報道を見て、殺したのは、父親のように報道していた為(ため)、親が子供達に真実をつげず間違った真実を子供達に植え付け、その結果長男は、いじめにあっていました。

 次に三女の事を書かしてもらいます。

 三女は、姉達に毎日、毎日大事にされていましたが、姉とばあちゃんの事を何も知らずこれから生きて行く事になります。

 これから姉達に色々な事を教えてもらったり、きょうだい喧嘩(げんか)をしたり、泣いたりする事が出来なくなり、悲しく涙がでてきます。

 いずれ娘達とばあちゃんが亡くなった訳を末娘に話さなければならないと思うと私達家族は、辛くなります。もし、3人が亡くなった理由を末娘に聞かれたら、どう説明をしたらいいのかわかりません。心に傷が残るかも知れません。

 茜と彩菜の思いを書かせてもらいます。茜は、長男と一緒に「小島よしお」のモノマネをするのが大好きで私達家族を楽しませてくれました。そんな茜の「小島よしお」のモノマネをしているのが、かわいくて、私は、忘れる事ができません。

 もし、茜が生きていれば、今年6歳で赤いランドセルを背負って、小学1年生に入学し、いっぱい友達をつくって楽しく外で遊んでいたはず。その姿が見られないという思いで残った家族は、辛い日々を過ごしています。

 彩菜は、みんなで食べるために、ばあちゃんが買ってきてくれていた、バナナを隠れて1人で食べていた所を、みつかり、ばあちゃんに叱(しか)られ、私の所に逃げてきて、そんな彩菜が、いとおしくて、たまりません。もし彩菜が生きていれば、今年5歳の誕生日を迎えていたはずが、本当なら大好きなチョコレートケーキで口のまわりをいっぱい汚しながら、たくさん食べていたはずなのに彩菜の姿が見あたらなく、何もしゃべらない写真がそばにおいてあるだけです。

 母の事を少し書かせてもらいます。

 お母さんは、生きている時、子供達と料理を楽しく作っている姿が、今でも、ハッキリ目に浮かんできます。もし、生きて帰ってもらえるなら、子供達と私に色々な事を教えてもらいたかった。私にとって、お母さんは、よき理解者でした。もし、生きていたならこれからも相談にのってほしかった。

 私の事を書かせてもらいます。

 あの事件以来、私は、食事ものどをとおらなくなり、寝る事が怖くなり、そんな私を主人がみかねて病院の精神科につれていき、受診したところ、事件が原因で、うつ病になったと診断され、治りにくい障害だといわれました。その時、私は、目の前が真っ暗になり、生きている気力がなくなり、死にたいと思いはじめ、自殺行為を図り、誰が何をいっても聞かず、楽になりたかった。みんな私達生きている家族がどれだけ世間から白い目で見られているかわかってもらいたい。

 その原因をつくったのは悪魔のような川崎政則です。私達夫婦は、川崎政則を殺してやりたいぐらい憎しみでいっぱいです。

 なぜあなたは、一時の感情で人を殺せたのですか。なぜあなたはあそこまで無残に3人を殺せたのですか。あなたは、私の大事な娘を殺害し、母も殺害し、私は、今でも暗闇に落とされて、悲しみに暮れています。あなたに殺された3人のいない人生を、これからどう生きていけばいいのですか。私には、わかりません。あなたは、3人の命だけでなく、生きている私達家族の光も奪ったのです。

 あなたにとっては憎しみをはらしたのかも知れませんがなぜ、幼い命を奪ったのですか。あなたも子を持つ親であり、孫を持つじいちゃんではないのですか。自分の大事な人が同じ目にあったら、どういう気持ちになりますか。私達家族と同じような気持ちになるはずです。相手が憎く殺したくなるはずです。それが今の私達夫婦の思いです。あなたが死んでも娘と母は、絶対帰ってこない。

 私達家族は、今でも世間の人達に色々な事をいわれつづけ、被害者でありながら、加害者のようにいわれたり、たくさんお金が入ってきたと思われつづけ、今でも辛い毎日を送っています。

 できる事なら、川崎政則に、3人と同じ苦しみをあじわってほしい。あなたが、このよに生きているかぎり、私達夫婦は、許す事はない。

 あなたが、私達夫婦にどれだけ謝罪をしても殺された3人は、二度と生きては、帰ってこない。

 いまだに目をつむれば、茜、彩菜、お母さんと楽しく過ごした事が浮かんできます。

 川崎政則がした事に対し、私達家族ばかりか、私達の親族も苦しんでいます。

 3人の命を返してください。

 それだけが私の願いです

 私達に対し本当に悪いと思うなら一日でも早く判決に従う事を望みます。

 平成21年3月2日

 山下佐智子

(2009年3月12日16時01分 読売新聞)
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