駅前でお金を下ろし終え、スーパーマルカワの方へ向かおうと歩き出すと襟首を掴まれ「ぐえっ」と声を上げてしまった。
咳き込みながら「な、何するんですか!?」と雪菜さんを睨むと「ウフフ」と笑いながら工具店へ引っ張られていった。
まあ、工作部とか激レア(死語)な部ではあるが、その部長が工具店へ入るのはそれ程不思議ではない。あくまで普通の人ならばだが…
「あら柊さんいらっしゃい」と気さくに声をかけたのは20台前半の女の人だった。
「こんにちは、店長」と笑顔で返してるし。
この若い女の人が店長さんなのか…
「そちらは?」
と、訝しげな視線を僕に向けてくる店長さん。
「裕君、自己紹介は?」
って、弟のように扱わないで下さい。
「え、あ、最近越して来…」
「そうじゃないでしょう?」
「え?あー、工作部に新しく入った中村 裕と言います」
「なるほどねぇ…じゃ、この子が?」
「ええ、まあ」
オホホと笑いながら答えてる雪菜さんの目が楽しそうなのは置いておこう。
不意に店長さんが立ち上がり「頑張れ少年ナカムラ!」と頭を撫でてきた。
独特の雰囲気を持った人だなぁ…と頭を撫でられてると、「この子は駄目よ店長」とわけのわからない事を言われ、またも襟首を引っ張られる。
「あらぁ〜残念ねぇ…」と本当に残念そうな店長さん。
「今日は挨拶に来ただけだから、またね」
雪菜さんが言い放ち、襟首を引っ張ったられたまま店を出る。
店を出る寸前で「チッ」っと舌打ちが聞こえた。何か男の声っぽかった。
店を出るとようやく襟首を離してもらい、何故か真剣な表情で僕の顔を覗きこみながら、
「いい、あの人は要注意よ?あの人に借りを作ったら人生お終いだと言っても過言ではないわ。今回はその忠告のために店に入ったんだから無駄にしないでね」
「えーと、はい。何か危ない人なんですか?」
「ええ、若い男を見つけたら一瞬で判別して合格だったらペットに、不合格だったらストレス解消の道具にしようとしちゃうの」
「それって…」
「裕君は合格しちゃったみたいだから命は大丈夫だと思うわ、ただ借りを作ったら…」
それってどっちにしろかなりヤバいんじゃ?
「因みに誠は合格で、何も知らずに店に踏み込んだら襲われそうになったわ…」
与一はどうなんだろう?とか考えて、
「優しそうな女の人なのになぁ…」と呟いてしまっていた。
「やっぱり最初はそう見えるのね、あれでも店長は男よ?しかも42歳の厄年」
「うそおおおおおお!!!?」
「裕君、声が大きい」
「あ、すいません」
思わずでかい声を上げてしまった。
「とりあえず、この辺に来たら背後に気をつける事ね。女を襲うストーカーの100倍はタチが悪いから」
「肝に銘じておきます」
こうやってようやく夕飯の買出しに行く事になった。
「夕飯まで時間もあるし、少し手の込んだ物にしましょうか」
との雪菜さんの一言で何故かビーフシチューととんでもなくめんどくさい物を作るハメになってしまった。
ようやく買い物を終え、店を出ると雪菜さんがビニール袋から唐揚の入ってるパックを手に取り「行きましょうか」と前を歩き出した。
勿論荷物は全て僕が持ってます、とりあえず自発的に。
微妙に世間体を気にしている僕にとってはこれくらい当たり前の行為だ。
雪菜さんは唐揚のパックを持ってはいるものの、食べようとするどころか開ける気配すらない。
もうすぐマンションに着くというところで…
ガルル…
例のチワワだ。
「来たわね…」
真剣な表情で唐揚のパックを開ける雪菜さん。
マンション手前の最後の角を曲がった所で昨日と同じ位置にチワワが立っていた。
「裕君走って!」
言われるがままにマンションのドアまで走り振り替えると、唐揚のパックを僕達が歩いてきた路地へ投げている雪菜さんの姿が見えた。
その飛距離、余裕で20メートルは行ってたね。
チワワはその唐揚に向かって走り出すと20秒足らずで唐揚を食い尽くしてしまっていた。
その間に雪菜さんは軽く走り寄ってきて「ふぅ、間に合ったぁ」といつもに比べ慌てた様子だ。
階段を上がりながら「あの犬、何故か葵以外には食べ物にしか反応しないのよね」
何故か犬と与一がダブって思えた。
そう思いつくと、葵さんに懐いてるのではなくて、葵さんの笑顔に気圧されて大人しくなっているのだろうと結果が出た。
別に報告することじゃないなと思い、雪菜さんの2歩後ろを歩いた。
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雪月花
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