『前夜祭だ』
 キタからそうメールが来たのが夕方、自宅でテレビを見ていた時だった。
 キタのメールは簡潔過ぎてわからない事が多い。
 実家からの通学は不便だからと、僕は地元を離れて祖父母の家に世話になっている。
 キタは近くの駐車場付のアパートを、西条も近くのワンルームマンションを借りている。
 メールの内容だけでは理解出来なかったので、直接聞こうと電話をかけた。
 あいにく通話中で、メールをもう一度見直して考えたが真相は知れなかった。
 メールのアドレス詳細を見てみると、西条や知らないアドレスにもメールが送られていた。
 ならば西条にと電話をかけた。
『やっぱりかけて来たわね』
「メールの意味わかった?」
 いきなり本題に入りたがる僕に対し、西条は必ず間を置いて答える。
『さっき電話で聞いたら明日木曜の夕方から飲みに行こうって。途中で電話がきてたみたいから、キタは今電話の受け答えに忙しいかもね』
「何で前夜『祭』なんだろ?」
『私に聞いてもわかるはずないでしょ。ねえ、それより今日もおばあちゃんが夕飯作ってるの?』
「そうだけど?」
『じゃ、お邪魔するわね。自分で作るのめんどくさくて』
 西条のワンルームマンションからここまで徒歩で三分。特に迎えに行く必要がないので祖母に西条が来る旨を伝えた。
「あら、樹遊ちゃん来るのかい。嬉しいねぇ」
 何かを煮込みながら祖母は笑顔を向けてくる。
 離れにいる祖父を呼んで来てくれと言われ、靴下を履いたままの足でサンダルを引っ掛けて離れに向かった。
「アヤトか、どうした?」
 祖父は僕の事をアヤトと呼ぶ。どう言ってもサイトと呼んでくれないので、中学時代にはアヤトで納得してしまった。
「ばあちゃんが夕飯だからって。西条も来るよ」
「あの別嬪さんがかい。嬉しいねぇ」
 この祖父母は何かあるたびに「嬉しいねぇ」と口にする。
 外から御免下さーいと声が聞こえ、古い鉄製の門が開く特有の音が聞こえた。
「来たみたいだな。ほれ、アヤト、迎えに行け」
「はいはい」
 この祖父は僕よりも西条の方がお気に入りだ。
 西条は祖父母の前では物腰が柔らかくなるので好印象を受けるのだろう。
 再びサンダルを引っ掛け、今は何もいない犬小屋の横を通って玄関に向かった。
「おじいちゃんは?」
「今来るよ」
 離れで古い文献を漁るのが趣味の祖父は、いつも食事時になっても呼ばれないと出て来ない。
 祖母は料理と菜園とインターネットが趣味だ。
 祖父母は朝食と夕食を境目に顔を合わせる時間が変化する。
 朝食を終えると離れに閉じこもる祖父と、インターネットや菜園を開始する祖母。
 昼食は食べないと言う二人の家では朝食と夕飯が結構な量になり、一人や二人の客が来ても全く問題ない。
 夕飯まで別々に過ごし、夕飯を境にテレビの前に座りながら話をするのが二人の習慣になっている。
 頻繁に現れる西条は良く二人の会話に交じり、僕は自室でレポートをやったり漫画を読む。
 その日もそうかと思ったら、食事の後に西条が僕の部屋にやって来た。
 大きな本棚が四つでも入り切らない漫画は端に寄せられ、それでも結構なスペースのある和室は僕のお気に入りだ。
 そろそろ新しい本棚でも買おうかと思っている。
「これとこれと…これも借りるわね」
 僕の部屋に来たのは暇潰し用の漫画を借りに来たのが一番の理由らしい。
「良いけど、そんなに持てるの?」
「わかってるくせに」
 言葉だけ聞けば甘えられているように聞こえるかも知れないが、実際は計算済みの台詞である。
 もうしばらく居座れば、遅いからと僕に送らせる祖父母がおり、西条の手に荷物があれば僕が持たされるわけだ。
 駄々をこねると、「昔の日本は…」と聞き飽きた説教を祖父から聞かされるので、毎回渋々と従う他ない。
 結局その日はわずかな会話をしながら漫画を読み、同じく漫画を寝そべって読んでいた西条を送ったのは十時半だった。
BACK INDEX NOVEL 現推 NEXT