「二人共、降りてきてー」
西条が梯子を降りてすぐ、危険そうな響きもない声に僕とキタも梯子を降りて行った。
「どうかし…なるほど」
「マジかよ」
降りた先、デパートの一階と二階の間にある空間は、天井が一メートル半くらいしかない空間だった。
「これが真相ね」
そこにあったのは質素な仏壇と遺影。
恐らく死んだオーナーの物だろう。モノクロの写真には若くて美しい女性が無表情で写っていた。
「ここを取り壊させないため、そして、無闇やたらに人が近付かないようにするため。そのために噂を流して、結局は幽霊スポットになっちゃったって事ね」
廃墟なんてものは大した理由もなしに放置される事が多い。
ここは立地条件のせいもあって社会的に立ち入られる可能性は低かったものの、それでは非社会的な娯楽として立ち入る者が出てくるだろう。
「川嶺さんはここを守りたかったのかしら?」
「守るというよりも、誰かに立ち入られたくなかったんじゃないかな?」
「うーむ」
キタは顎に手を当てて格好付けながら唸るも、天井が低いため様にならなかった。
「普通に考えれば、幽霊の噂なんか流した方が人が集まると思うんだけどな」
「それは考え方の違いでしょ?何の噂もないただの元デパートの建物なんて、チンピラの溜まり場になり兼ねないし」
辺りを見回してから西条は続けた。
「何より、ここの整備具合を見てもわかる通り、川嶺さんは頻繁に来ては掃除をきちんとしてるみたいよ。建物自体が廃墟というよりも大きな仏壇…いえ、墓標みたいな物かしら」
「でもなぁ…」
キタの言いたい事は僕にもわかった。
下手に噂を立てて成功するかわからない人払いをするのはリスクが大きい。
しかし、川嶺にはここに拘る理由があった。
もし、チンピラの溜まり場にでもなってはここへのお参りが困難になるし、何より、死者の眠る場所としては些か五月蝿い。
ここを静かで、他の何物にも侵されないままにしておくには、どうしても社会的に立ち入られるわけにはいかなかった。
曰くつきの場所というのは社会的には無視されやすく、非社会的には立ち入られやすい。
「だとすると、オーナーと川嶺さんの関係が気になるわね」
しゃがみ込んで仏壇と睨めっこしていた西条がポツリと呟くと、外で車の停まる音がした。
縦に数の合わなかった窓の一列はこの部屋に張り巡らされており、そこからちゃんと外の様子を伺う事が出来た。
「お出ましだな」
川嶺が花束を持ってタクシーから降り、一度こちらの窓に視線を向けてから建物の中に入って来た。
数分後、焦る様子もなく梯子を降りて来た川嶺は、「まずは挨拶させて」と言ってから花束を仏壇の前に置いた。
手を合わせる川嶺を三人で見守り、立ち上がって中腰のまま上へと合図する川嶺に従って三階へと戻った。
「あなたと死んだオーナーの関係は?」
遠慮もなしに西条が先制攻撃を仕掛けた。
「私はただのバイトだったの。オーナーには色々な事を教えてもらったわ」
そう切り出した川嶺の話は二十分にも及んだ。
バイトでしかない川峯をオーナーの沢浦さんが妹のように可愛がってくれた事。
彼女が死んだ時、数名の社員と相談した挙句、この建物を取り壊させないようにと幽霊の噂を流した事。
この建物は沢浦さんの大きな墓標とするために、社会的な視線を向けられないようにしていた事。
そして、川嶺の年齢が二十七で、皆には嘘を吐いていた事。
「びっくりした?私童顔だし、これでも大学一年生は四回目なのよ」
笑いながら言う川嶺は大人の顔をしていた。
オーナーの沢浦さんは噂の通り、緩んだ地盤から落ちて死んだのだそうだ。
周囲の点検をしている際、沢浦さんは急に皹の入った地盤から川嶺を押しのけるようにして代わりに落ちて行ったのだと言う。
「私の命の恩人が大事にしてきたデパートだけど、大事にしてきただけあって彼女の力無くしては経営は無理だったわ。せめて、この場所を忘れないようにするために社員の人達とここを潰させないようにしたの」
そのためには曰くつきの場所にするための噂が必要だった。
社会的には隠れる事が出来たが、所詮噂は噂、誰かの目撃談でもない限り立ち入ってくる人間は増える一方だろう。
「だから、誰かに幽霊を見てもらう必要があった。あの幽霊ね、さっきの部屋に潜んでいた元社員の人に操ってもらってたのよ」
複数犯だとは予想がついていたが、協力者は祟だけではなかった。
「祟君には色々と手伝ってもらったわ」
最初、祟はたまたま川嶺が元社員の男女数名と話をしていた場面に出くわしたのだそうだ。
霊視がどうのこうのという話の最中で、祟は純粋に興味を持っただけなのだそうだが…
「ちょっと事情を話したらすぐに手伝ってくれるって。そのために大学のクラスメイトを使おうって提案してくれたの」
そこでノリの良さそうなキタに祟が接触。
噂は以前から流れていたため、後は目撃談という決定打さえあれば人が立ち入る事も少なくなるだろう…そう考えたわけだ。
「でも、君達には全部バレちゃったからなぁ…演技力は沢浦さんに教わってなかったせいかな?」
「そうかも…しれませんね。川嶺さんの演技は嘘っぽかったですから」
「ちょっと、敬語はやめてよ」
年上という事を意識したため、自然と敬語になってしまった。
「あ、ごめん」
「で、あなた達はどうするつもり?一応覚悟は出来てるけど…」
「目撃者になれば良いのね?」
西条が即答した。
「え?」
「別に私達は嘘を暴きたかったんじゃなくて、本当の事を知りたかっただけだもの。だからと言って、ここまで知って何も言えないのもつまらないし、どうせなら共犯の方が面白そうじゃない?」
「俺も西条に同感だな。色々説明するよりも楽しむ方が性に合ってるし」
「僕は、情報提供者に教えないといけないんだけど、その人、口が堅いから大丈夫だよね?」
「良いの?」
信じられないといった様子で川峯は僕達を見比べた。
「別に川嶺さんが悪い事をしたわけじゃないし、私は知る事が出来ただけで満足だから」
「そっか」
川嶺は嬉しそうに言うと、「あーあ、お金損しちゃった」とぼやいた。
「何で?」
僕が尋ねると川嶺はあっけらかんと答えた。
「だって、全部バラされると思ってたから最後にと高い花束買って来たのよ。でも、それでここが守れるなら安いもんよね」
後日聞いた話では、川嶺と元社員達はいつかあの土地を買い占めるつもりなのだそうだ。
今のように隠れた墓標ではなく、立派な墓を立ててやるために。
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