その時の衝撃を何に例えて比喩すればいいのか分からない。
ただただ真っ赤に染まったその場所で、彼らが『聖地』と呼んだその場所で、
余りある暴力を甘受するより他なかった。
あるはずの無い、存在するはずの無い衝撃。
元より思考の外なのだから、何に例えられるわけも無い。
それでも無理矢理に、愚かにも、在り得ない語彙を掬おうとするならば――
そう、神話の時代の伝説の巨人に、燃える拳で殴られたかのような、そんな衝撃だった。
レイナード社の新人リンクス、ジョン・アップダイクは、
自身の駆るネクストAC『ヴァーチャー』の中で退屈を持て余していた。
「くだらない……実戦とはこんなものか」
メインディスプレイには、コロニーを貫く連絡通路のビル群を背景に、
重量二脚のノーマルACが一機。
右腕が全壊して、脚部にも火花が散っている。
それでも――ネクストにとっては哀れになるほど鈍重な動きで――
健気に肩部ミサイルを発射しようとしていた。
「本当に、くだらない」
呟いて、ジョンは機体を前に加速させる。
左右の朽ちかけたビルに残った窓ガラスが、今更のように全て粉々になる。
続いて発射音。
立て続けに十六発のミサイルが、相手の肩部から射出された。
ジョンのいるこの道路は長さ10キロほどで、
真っ直ぐにコロニーを横切るように作られている。
中でもこの辺りは高層ビルが立ち並び、交差点の少ない場所だった。
「ふん……」
相手からしてみれば、恐らく必殺のタイミングなのだろう。
左右に避けることのできないこの場所でなら、ネクストの運動性を完全に殺せる。
この破壊の天使を、地に落とすことが出来る。そういう考えだ。
「……間抜けが」
そんな相手に対し、一年半の過酷な訓練によって醸成された、
『リンクス』としての矜持が、怒りと共に嗜虐的な笑みをジョンに刻む。
俺とこの機体が落ちる? そんなわけが無い。
『十二時方向、距離三、対象十六。マルチミサイルです』
解りきった事をのたまう合成音を無視して、彼は機体と一体になるイメージをする。
このネクストは、彼が思考し、動き、その動きを受けて初めて所作を見せるだけの、
そんなちんけなシステムではない。
選ばれた者の直感に感応する、至高の機体制御システムを有しているのだ。
「思い知れ!」
『ピッ、ピッ、ピッピピピピピ』
ミサイルアラートが、相対速度にあわせて急激に変調した。
機体が前傾し、ジョンに規格外のGがかかる。
ノーマルACでは絶対に得ることの無い心地よい圧迫感。
メインカメラの画像が乱れ、光が乱舞するように糸を引く世界に変貌する。
速度ゲージが急激に跳ね上がり、数値が五百から一気に千へ。
そして『ヴァーチャー』は、一筋の光になった。
『ピピピピッ。……』
がなりたてるアラームが、ある瞬間を越えて完全に沈黙した。
後を取り持つように、背後で大きな爆発音がする。
いくつかの破片が背部装甲を叩く甲高い音をBGMに、
ジョンはディスプレイに大写しになった哀れな子羊目掛けて、
左手のブレードを無造作に振るった。
反射行動なのだろうか。
その瞬間、相手のACは左手で頭部を守るように動いた。
その反応速度と、それに必要とされる操縦の煩雑さを思って、
ジョンは喉の奥を鳴らすように低く笑った。
「なにが『ムスペルハイム』だ。笑わせる。
VR訓練の相手ACだってもう少し良い動きをするものだ」
爆散するACを一顧だにせず、ジョンは悪態をつく。
「まあ、最後のはなかなかのジョークだったがな」
戦闘行動などよりも数倍素早く、生命の危機に対して反射的に取ってしまった滑稽な防衛。
そこにユーモアを感じたジョンはもう一度低く笑って、システムの表示に目を滑らせた。
機体損傷なし、コジマ粒子の循環システムに異常なし。
レーダーにも、最早ひとつの反応も無い。
(無傷か。だが……)
――ノーマルとはいえ、AC三機を相手にしてこの結果。
初任務は成功だった。
ただし、ここまでくると、あっけないほどの、を前につけなければならない。
(俺が――ネクストが出張る必要があったのか?)
ブリーフィングの話では、
このコロニーに最近勢力を伸ばしているレジスタント
『ムスペルハイム』が拠点を置いたので、管
轄のレイナード社が中隊規模の軍を送ったが敗退、
ネクストに出動の要請がかかったとの事だった。
噂では、たった一機のノーマルACに、十数体のACと殆どのMTが葬られたとも言った。
そのことを聞いていたからこそ、ジョンは武者震いしながらこの任務を選んだのだ。
彼の直感は、『おもしろいことになる』と告げていた。
だのに蓋を開けてみれば――
「抵抗がたったのAC三機。それも笑えるまでに弱い。……まったく、ふざけている」
そういうわけで、ジョンは甚だ不満なのだった。
大方、ネクストが投入されると言う噂を聞いた『ムスペルハイム』とやらは、
大慌てでここを離脱したのだろう、と彼はあたりをつけたが、
無論、そんな事は慰めにもならない。
『流石ですね。予定通りこちらに地上制圧と後処理のための部隊が向かっています。
貴方は回収ポイントまで移動してください』
「ああ。わかっている」
合成音に負けず劣らぬ平板さで喋るオペレータにおざなりな返事をして、
ジョンはのろのろと機体を制動する。
(くそ……)
オペレータに八つ当たりしかねない自分がいた。
機械的な物言いは癪に触ることもあるが、しかしこんな気分になったのは初めてだった。
帰った後のことを考えると、憂鬱ばかりが押し寄せてくる。
初任務が成功に終わるのは良い。機体に損傷がなかったのも喜ばしいことだ。
この機体と、自分の優秀性はノーマルAC三機ごときでは揺るがないことも確認できた。
だが、こんな幕切れでは、自分を安売りしてしまったようで釈然としない。
それに、この結果を知った同期が、何と言って彼を嘲るか、考えただけでも腹立たしい。
「……まったく。上手くない」
重いため息と共に、そう呟いた瞬間だった。
『周辺に新たな高エネルギー反応! ACよ!』
『ピッピッピッピッ』
ミサイルアラートとオペレータの声が二重奏を紡いだ。
弛緩していた空気が、一気に手に触れそうなほど緊張する。
(バカな!)
瞬時にレーダーを確認した。
最新鋭機の癖に、ミサイルを発射できる距離まで相手を見逃すなんて、
こいつはなにを見ていたのだろうか。
(……?)
しかし、レーダーに示された光点は彼の機体のもののみ。他に何も――
「――いや、上か!」
カメラを向ければ、雨のように降るミサイルと共に、ともすれば貧弱にさえ見える、
細いラインの軽量機体が両手を広げて自由落下をしていた。
彼の真上にある高層ビルから降下したのだと見て間違いない。
レーダーに移った光点は一つではなかったのだ。
重なっているそれを、ジョンが見間違えただけだ。
『ピッピッピッ』
ミサイルアラートの間隔が短くなる。その数は目視できるだけで三十個を越えていた。
こちらのレーダーにさえ映らないところにいたのだから、
恐らくはノーロックでも撃てるように改造された違法品だろう。
そのうちいくつかが既に『ヴァーチャー』を逸れている。
「くそ! 数が多い!」
だが、それだけに尚の事避けにくかった。
どれにロックされているのか判らないから、どちらに回避行動を取るべきか判断できない。
『ピピピピピ』
神経を逆撫でするようにアラートがわめく。
もう既にミサイルとは距離が幾許も無い。
機体は戦闘モードを解除していなかったものの、その戸惑った一瞬で、思いも依らぬ事態に投げ込まれていた。
どちらに回避すればよいのかわからない。
しかし、事実は固い質感と威力を持って迫って、もう、すぐそこに――
「……舐めるな!」
だが、その程度で落ちるようなほどジョンは無能でなかったし、
『ヴァーチャー』の性能は低くなかった。
ジョンの叫びから玉響の時も置かず、空間に稲妻のような光が走り、
それがそのまま薄い膜となって機体を覆った。
そして、着弾。
周囲の空間が蠕動するような轟音が、何回も何回もハウリングのように押し寄せる。
「……っく」
貫通した衝撃が、少なからず機体を揺らす。
空が落ちてきたらこんな感じだろうか。十秒にも満たない時間が、永遠に感じる。
メインカメラはもう何も写していない。光と、光と、黒煙。
コジマ粒子の循環機構が回転数を上げて、耳を劈くほどだった。
それら諸々の禍々さを一身に浴びて微振動する機体の中、
背中に冷たい汗を感じながら、それでもジョンは笑っていた。
そして地獄の永遠が過ぎ、辺りに静寂が戻る。
その静寂は、今までの轟音の所為で、
音を伝える空気が逃げてしまったかのような、そんな歪な静寂だった。
「……よし」
殺意の驟雨が去った後、しかし、彼の機体は当たり前のようにそこで立っていた。
彼を守ったこの防護膜。
それはネクストがネクストたる由縁。
新技術のコジマ粒子によるプライマルアーマーである。
これはコジマ粒子を空間で安定還流させることによって防護膜をなすもので、
多くの攻撃に対して、極めて高い防御力を発揮し、その威力を大幅に減衰、
または無効化することができる。
この光の防護をもってすれば、何人も破壊の天使を傷つけることはできない。
無論のこと、この最強の盾は無限ではない。
攻撃を受けることによって防護膜を作るコジマ粒子の還流は乱れ、その効果を失していく。
だが、そんな事はどうでも良い。
今、ミサイルを受け止めきった防護膜がどうなっていようと問題ではない。
『ヴァーチャー』がこうして無傷で立っている以上、彼の勝利は揺ぎ無い。
煙が薄くなってゆき、カメラが鮮明に像を結び始める。
降下する相手は手が届くほどの至近にいた。
この距離なら外しようが無い。あくびがでかねないほど簡単な動作だ。
「なかなか良い奇襲だ。少し冷やりとさせられたよ……だが、ここまでだ!」
言いながら右手のパルスレーザーを相手に向けて、
そして、ジョンはその衝撃に出会ったのだった。
一瞬でコジマ粒子が四散した。
防護膜を突き破ってなお衝撃は止まらず、
そのまま『ヴァーチャー』の右腕と、パルスレーザーを『喰った』。
もし緊急展開したクイックブーストがなかったら、そのまま彼の機体は爆散していたことだろう。
「馬鹿な! なんだアレは――」
ディスプレイのところどころで赤くエラーが踊っている。
プライマルアーマーは完全に衝撃によっていかれたらしく、暫くは使用ができない状況だった。
機体の熱量が大幅に上昇した為に、また、クイックブーストの使用もあって、エネルギーが15%を切っている。
わんわんと衝撃の余波を受けて、盛大な耳鳴りがした。
その隙に相手のACが着地する。
衝撃を膝で逃がすために一瞬だけ硬直したが、こちらにはもう、その場で撃てる遠距離武器がなかった。
やがて立ち込めていた煙が完全に晴れて、ACの偉容が見て取れるようになる。
シャープな曲線に富んだ細身のシルエットは、インテリオルグループのものか。
塗装は白一色。
メインカメラのモノアイだけが鮮烈に赤い。
飛び降りている最中にパージしたのか、肩に武器は見えない。
否、それどころか、相手は銃らしい武器をどこにも持っていなかった。
「ふざけろ……」
その装備を見て、思わずジョンは呟いてしまう。
「高出力のレーザーブレードに……射突型ブレードだと?」
射突型ブレードは従来のブレードと違って、腕の関節部と腰の機構までをその制御化に置き、連動して得られる運動エネルギーと炸薬の力によって超高速で射出する弾薬式のブレードである。
ACを一撃で沈めるほどの高威力だが、発動から射出まで一定のタイムラグがあり、当てることが難しい上、射程が短い。
鈍亀のように徘徊するMTならいざ知らず、AC相手に使用するものなどジョンは見たことが無かった。
(舐めやがって……)
ネクストに乗る自分が、奇襲とはいえ右手とプライマルアーマーを失った。
しかもその武器が射突型ブレード。
これ以上無い屈辱を感じて、ジョンは眩暈がするほどの憤りを覚えた。
(許さん。こいつ……ただ倒すだけで許せるわけが無い)
近接武器にああまで特化している相手と、エネルギー効率の悪い肩武器を除けば、
同じくブレードしか残っていない自分を顧みる。
彼我の距離は近接武器が最も力を振るう距離。ならば――
「いいだろう、乗ってやる。リンクスとただのレイヴン。その決定的違いを、見せてやる」
思考も決意も一瞬。そして攻撃への始動は相手と同時だった。
ワルツを踊るが如く、互いに旋回が始まる。
その軌跡はいつしか複雑怪奇に絡まりあい、三次元的に文を成す。
狭い路地でありながら、驚異的な操縦技術で二体の軌跡は重ならない。
近距離戦闘は、とどのつまり必殺の機を作りだすための駆け引きになる。
どちらも一発で相手の性能を半減させられる事から、如何にそれを当てるか、
また相手のそれを如何に空振りさせるかに重きを置くことになるのだ。
一髪千鈞を引く緊張感。操縦グリップを握る手と額に、じっとりと汗が浮かぶ。
やはりと言うべきか、相手は只者ではなかった。
あの奇襲が外れた瞬間、恐らく相手はミサイルをパージしたのだろう。
運動性能に開きがあるネクストと、こうまで機動で渡り合えるのは、単純にあちらのACが軽いためだ。
このことを見越していたのだとしたら、
確かな慧眼と――不遜なまでの接近戦での自信が、そこに見える。
(けれど、甘い)
ジョンは既に見抜いていた。
こちらがフェイントをかけ、ブレードのタイミング寸前まで追い込むと、
相手が必ず向かって右に回避することに。
(所詮レイヴンか)
ジョンはいやらしく笑った。
ネクストを操縦するには、反射行動を我が物にする必要がある。
人間の一瞬の動きというものは、往々にしてワンパターンになりがちであって、
しかし、そのままではネクストの性能を充分に引き出すことができないからだ。
故にリンクスを養成する訓練メニューは、意識の埒外にまで踏み込んで、
微小時間での多角的な動作を成すために多大な時間を割く。
その訓練メニューを終えた彼にとって見れば、相手の機動など、多少はこなれているものの、
(あくまでレイヴンの枠の中だ)
そのようにしか見えなかった。
「さあ、終りだ!」
そうして、幾度かの旋回の後、相手がビルを背負ったところを契機にして、
ジョンは左側から急旋回で相手に接近した。
泡を食った相手は、過たず右にブーストをふかす。
(そら、いくぞ)
その瞬間を、ジョンは逃さない。
彼は左旋回していた機体を小ジャンプで空中に持ち上げ、
慣性で流れる機体を捻じ伏せて、そこで右旋回のクイックブーストを使用した。
横殴りの強制力が忙しくジョンに襲い掛かり、メインディスプレイが一瞬ブレる。
(このタイミングだ!)
このままなら、相手の軌跡に重なるようにS字を描いて、
『ヴァーチャー』の機体がねじ込まれるだろう。
よしんば相手の速さが予想を上回っていても、機体をそのままぶつければ、
重さと運動エネルギーの関係でこちらが勝つ。吹き飛ぶのはあちらだ。
どちらにしても、相手は完全なる死に体のまま、こちらの攻撃を受けることになる。
ここに、勝負は決した。
――レイヴンなど、所詮その程度。
彼は最後まで、そんな驕慢を胸に抱いていた。
だから、機能を取り戻したディスプレイの中、ブーストしていたはずの相手が悠々と、
半身をこちらに向けた、弓を引くような独特の姿勢で、禍々しさをそのままに、
ただただ歩いていたとき、彼はその行動と、自身の機体の末路を、とうてい予想できなかった。
そうして、二体は交錯した。
――その時の衝撃を何に例えて比喩すればいいのか分からない。
ただただエラーとアラートで真っ赤に染まったその場所で。
ジョンにこの力を与えた彼らが『聖地』と呼んだその場所で、
余りある暴力を甘受するより他なかった。
あるはずの無い、存在するはずの無い、『ネクストが撃破される』という衝撃。
元より思考の外なのだから、何に例えられるわけも無い。
それでも無理矢理に、愚かにも、在り得ない語彙を掬おうとするならば――そう、
神話の時代の伝説の巨人に、燃える拳で殴られたかのような、そんな衝撃だった。
(ああ、違う)
暴走したこの世界を見下ろし、他人事のようにジョンは思う。
相手は『ムスペルハイム』なのだから、神に連なる者を焼くのは、一つしかありえない。
(ほら、やっぱり)
その思考が頭を掠めたとき、相手の純白の機体の肩に、エンブレムを見た。
図案化された巨人と、それがもつ大きな炎の剣。そして『Surt』の文字。
(こいつが炎の魔人スルトなら、この衝撃は、燃える剣によるものか――)
一瞬後に、制御を失った機体の熱で、ディスプレイが砕け散る。
混乱を極めたジョンの頭脳は、そうして見当違いの何かを納得したまま、
その機能を『ヴァーチャー』と共に、永遠の闇に閉ざしたのだった。
燃え残ってくすぶるネクストの燃料を見つめながら、
ノーマルAC『スルト』の内部で彼は大きく息を吐いた。
尖らせ過ぎた神経が、高ぶりを沈める為に多量の汗を出す。
単純な策に見事引っ掛かってくれたものだ。
執拗なまでの左回避は無論フェイントである。
あの瞬間、クイックブーストを確認した彼は、ネクストと同様に小ジャンプを挟んで射突型ブレードを構え、タイミング合わせるため、着地と共に相手へ歩いた。
我ながら理想的な動きだった。もう一度やれと言われても無理だろう。
『レイヴン。南東から多数の高エネルギー反応。
やっぱり別働隊がいるみたい。潮時ね』
「ああ」
オペレータの声に適当に頷いて、つくづく紙一重の勝利だと振り返る。
もしネクストがあの肩武器を使い、遠距離での戦いを展開していたら、
たとえ負けはしなくても、時間切れになっていたことだろう。
更に言えば、相手にまだプライマルアーマーが残っていても、同様の結果になったに違いない。
そこでふと、機体の右手に目が行った。
射突型ブレードは、プライマルアーマーと正面からぶつかった事による過負荷で、
最後の二発目をもってして完全に分解していた。
(とことんデタラメだな……)
苦笑するほかない。
ネクストは余りに規格外だ。
(ホント、そう思うよな……)
苦笑を貼り付けたまま視線を中空に移動して、残骸さえ残らなかった彼らに思いを馳せた。
主要部隊が、このコロニーから撤収するまでの時間稼ぎ。
それが『ムスペルハイム』の依頼だった。
こうして見事に果たせたのは、彼らの御蔭に他ならない。
ネクストの囮は引き受けた、と言いながら、豪快に笑っていた彼らの顔が浮かぶ。
彼らは、悲しすぎるまでにレイヴンだった。
先天的資質などでは決して左右されない。
多くを奪う代わりに、多くを奪われても構わないと言きれるその気概。
自由と報酬の為に、なにを敵に回そうと、あくまで自分を貫く強烈な我の強さ。
それが、それらのレイヴンとしての根本的な力が、
あのネクストをこの場所に誘い込み、しかして彼に勝利をもたらしたのだ。
『レイブン? 早く回収ポイントへ急いで。時間がないわ』
「わかっている」
短く答えて、ボロボロになった自機と、街に一瞬だけ視線を遣った。
直接的には攻撃を受けていないのに、馬鹿になったマニュピレーターと、右腕武器。
高速で移動した衝撃波を受けて、蟻塚の様に、無様な穴を晒すビルたち。
酷い状態だった。
一機のネクストが暴れただけでこの有様である。
その上、この場で一機とはいえネクストを屠った以上、『ムスペルハイム』は本格的に企業に狙われることになるだろう。
今日以上の、紙一重と言う事さえ温い戦いが、この先には待っている。けれど、
(……それもいいさ)
けれど不思議と、彼は『ムスペルハイム』との契約を切る気が起きなかった。
金銭だけの損得では決して無い。
この状況で、単に『企業の犬』として飼われる事に、
彼のどこか奥深い所が、激しい嫌悪を感じている。
たとえ大きな力を得ても、その過程で牙を抜かれては意味が無いと叫んでいる。
『レイヴンは消え、リンクスが戦場を支配する』
企業は言った。だが、それは間違いだ。
このレイヴンとしての矜持がある限り、それに触れるものがある限り、決して滅びはしない。
どんな戦場、どんな状況でも、そこに戦いがある限り、決して。
決意を秘めて踵を返し、『スルト』は回収ポイントへ向かう。
大きな火災が雲を呼んだのか、その後ろを追いかけるように、煤を含んだ暗い雨が落ちた。