Armored Core Nexus  ----Genesis Of Cry---

PHASE-0 ミラージュ研究施設侵入

重く纏わりつく闇の底に、鉄巨人達の瞳が静かに光る。
月も星も見えない曇天から、ぽつりぽつりと降り注ぐ小雨の音。
それに混じって、巨人達の心臓とも言えるジェネレイターの駆動音が川面に響く。
 ここは、大企業ミラージュが支配する地域の一つ。
鬱蒼と茂る広大なジャングルを切り裂くように流れるゼネ河の上流に、
ミラージュの一大研究所がひっそりと居を構えている。
「レイヴンに、なりたいか?」
 鉄巨人の腹の中、早鐘を打つ心臓を必死に静めようとしていた青年に、
野太い男の声が無線通信の向こう側から淡々と語り掛ける。
「引き返すなら今しかない。ミラージュの部隊は充分に訓練されている。
ACが万能ではないという事を、嫌というほど思い知らせてくれるぞ」
 青年は乾いた唇を舌で湿らせ、何事かを答えようとする。だが、喉に痰が絡まり、言葉にならない。
「お前がこれから向かおうとしている場所は、確実に人の命を物という単位まで貶める所だ。
そこでは役立たず一人の命より、銃弾一発の方が重宝される。誰もお前を助けてはくれん」
「お、俺は」
 青年は濁った声を吐き出し、咳き込んだ。
「・・・・・・それでも、俺は、なりたい。レイヴンになりたい」
「そうか。なら二度は尋ねん。お前だけの力で生き抜いてみせろ」
「時間だ」
 突然無線に割り込んできた女レイヴンの声を合図に、三機のACが川辺を歩き始めた。
一機は、機体も武器も緑色の迷彩で塗り固めた中量二脚型、グリーンペッパー。
その両腕のグレネードライフルが、僅かな光を反射して幽かに輝く。
もう一機は、鮮やかな蒼冷の鎧が夜に似つかわしくない軽量二脚型、アズール・ロゼスタ。
華奢なシルエットの手に握られているのは、凶暴なプラズマを吐き出すエネルギーショットガン。
 そして最後の一機は、闇よりも暗い極黒で全身を染め抜いた重量二脚型、グリズリーハント。
肩部の軽量グレネードランチャー、クラスターミサイルに左手の重ガトリング。
右腕の射突ブレードが獰猛な獣を思わせる重装備のAC。
「行くぞ。ぼやぼやするな」
 グリズリーハントは、地面に片膝をついたままの、塗装すら施されていないACを振り返った。
青年の搭乗するその名も無いACは、
軽マシンガンとブレードのみのシンプルな武装の為か、機体の色も相まって貧弱なイメージが漂う。
だが、ゆっくりと立ち上がったその巨躯からは、
戦いへの喜びに打ち震えるジェネレイターの咆哮が、マグマのように湧き上がる。
不規則に脈打っていた心臓が、鉄巨人の鼓動に重なっていくのを感じながら、青年はコントロールレバーを倒す。
それに一瞬遅れて、鉄色のACがゆっくりと歩き始めた。
「・・・・・・行ける、よな。俺・・・・・・」
 誰も返事は返さなかった。その代わりに、軽薄そうな男の声がヘッドギアから飛び出してくる。グリーンペッパーの搭乗者、ハバネロだ。
「・・・・・・なぁ、ダフィネルの旦那よ」
「なんだ」
 グリズリーハントのパイロット、ダフィネルリンベガが面倒そうに返した。
「いいのか? アンタの連れてきたそのテストケース、多分死んじまうぞ」
 歯に衣着せないハバネロの言葉に、青年はぎくりとする。
だがその一方で、それが真実を別の角度で表しているだけだという事も、良く分かっていた。
 ハバネロは冗談とも本気とも思える口振りで、一つ溜息をついてみせる。
「ったくよ。アークも何でこんな面倒でヤバイ試験を組むんかね。
今まで通り、無人MT相手にチンタラやってたら良いじゃねぇか。
俺も、アンタも、そうしてきたってのに、なぁ?」
「・・・・・・先日の旧ナービス領での事件、覚えているか」
「ん? アレだろ。旧世代の自爆兵器が起動しちまったってやつ。
俺も後方戦線に回ったけど、ありゃあ地獄だったな」
「あの戦いで、レイヴンの数が随分減った。
グローバルランカーも三分の一が死亡している。
更に、体制の建て直しを図るクレストとミラージュ、その他の企業同士が、
お互いを潰し合おうと躍起になっているのが現状だ。
アークとしては、すぐにでも優秀な手駒が欲しいらしいな。
お前はどうせ知らされていないだろうが、あれから試験の方針が変わった」
 新人レイヴンの監査、教育に当たる教官役になるには、傭兵としての能力は勿論、
人格的にも優れていなければならない。
そしてハバネロは、どちらかと言えば性格の崩れた方の人間であった。
「《どうせ》って言葉が余計だっつの。ケッ。陰険オヤジめ」
 ダフィネルはその言葉を完全無視し、続ける。
「無人MTとの戦闘結果を鑑みて、成績の優秀だった者には装備を与え、
二次試験としてAランク以上のミッションに派遣。
それ以外の成績下位だった者は、消耗率の高いフロントラインに、
ロクな装備も与えられぬまま送り込まれる。
レイヴンとは名ばかりの雑兵だ」
「・・・・・・ムナクソの悪い話だぁな。どっちにしても鉄砲玉じゃねぇか」
「それでもレイヴンになりたいと望む者は絶えん。こんな時代だ。誰もが力を欲しがっている。
他人を踏み台に出来る力をな。それは俺達も同じだった筈だ」
 耳元で繰り広げられる無常な会話に、青年は息を呑んだ。
耳にするだけでも心臓を鷲掴みにされそうな現実なのに、
実際に戦場で敵に銃口を向けられたらどうなってしまうのだろう。
そんな思いが去来するのだ。
「作戦領域に到達した。これ以上無駄口は叩くな。今回の作戦行動の概要を再確認する」
 アズール・ロゼスタのパイロット、ロシュターナの刺すような声と共に、最前列を歩行していた冷たい色のACが立ち止まる。
「ここから10m先からが、ミラージュ施設のレーダー範囲内。
あと84秒後に、クレストの航空部隊によってECMが投下される。
ECMの有効時間は800秒。それまでに施設へ侵入し、通信用アンテナを破壊。
これは、増援の呼集を防ぐ為だ。破壊を確認した後、研究所内部の目標を奪取。
それが不可能な場合は破壊。これが今回のミッションの大筋だ。
グリーンペッパーは後続の部隊の撃破と脱出ルートの確保。
グリズリーハントは研究所の武装解除と周辺の安全確保。
私は研究所内部の目標を奪取する」
 一息で言い切ったその言葉は、しかしはっきりとした口調に支えられて、皆に今回の作戦目的と行動を再認識させた。
「俺は、何をすれば・・・・・・?」
 青年の問いに、ロシュターナは即答する。
「私達三人のうち、誰か一人に同行しろ。
危険度はグリーンペッパーの担当区域が最も高いと予想される。
逆に危険度が低いと予想されるのが、私の担当区域だ」
「どうする、新人。恐かったらココに残っててもいいんだぜ?」
 ハバネロの挑発するような一言に、青年は噛み付く。
「・・・・・・俺は、レイヴンになる為にここまで来たんだ。今更、引き返せない」
「良い返事だ。でもな、死ぬ時はコロっと死んじまうんだ。俺も、お前もな」
「俺はまだ、死ねない!」
「無駄口は叩くなと言ったはずだ」
 先程よりも鋭さを増したロシュターナの一言に、青年は思わず黙りこくった。
しかし、ハバネロは相変わらずの調子で一人喋り続ける。
「いいじゃねぇか、姐さん。どうせ今夜限りのチームなんだ。
報酬貰ったら、また銃を向け合う仲に戻るかもしれねんだぜ?
ほんの一時でも仲良くしようじゃねぇのさ。なぁ、ダフィネルの旦那」
「お前のそれは、ただの挑発だがな」
 皮肉めいたダフィネルの答えに、ハバネロは心底辟易した様子で大きく溜息をついた。
「へッ。揃いも揃ってクソマジメだな。楽しく行こうぜ、楽しくよ」
「予定時間の経過を確認」
 ロシュターナはハバネロを無視して、アズール・ロゼスタの真紅に輝くアイセンサーを空へと向けた。電子機器の充実した、最新型のミラージュ製ヘッドパーツだ。
暗視モードが起動したモニタに、雲の隙間から胞子の様に降り注ぐ落下傘が小さく映る。
高高度爆撃機からの投下型ECMだった。
「ECMの投下を確認」
「ECMに接近すると、俺達のレーダーも使用不能になる。行くぞ」
 ダフィネルは青年を気遣うような口振りで警告を発すると、
AC背面の大型ブースターを噴射させて川面に飛び込んだ。
水飛沫を撒き散らしながら川上へ猛進するグリズリーハントを、アズール・ロゼスタ、グリーンペッパーが追う。
青年も遅れを取るまいとブースターを噴かせたが、
重量級であるはずのグリズリーハントに追いつく事さえ出来ず、逆にじりじりと離されていく。
先行する三機が巻き起こした飛沫がアイセンサーにぶちまけられ、モニタが淡く滲む。
深く踏み込んだペダルに呼応してジェネレイターがトルクを上げ、ブースターの炎が一際大きく伸びる。
その時、モニタ右上の長距離レーダーに、無数の赤い光点が現れた。
視線をモニタに戻すと、遠く河の左右両岸に、ずらりと並べられた130mm滑空砲台と、
上空からサーチライトを照射する戦闘ヘリの群れを見て取る事が出来る。
「敵部隊を捕捉した。殲滅するぞ」
 ダフィネルがそう言い終わるか否かのうちに、
足を止めたグリズリーハントの重ガトリングが灼熱の鉄塊を吐き出す。
光の粒は戦闘ヘリにまっすぐ吸い込まれ、水素タービンに食い込んで爆発を引き起こした。
火の玉となったヘリは螺旋を描きながら砲台へと墜落し、再び紅蓮の炎を巻き上げて夜を照らす。
「ECMが効いてるみてぇだな。砲台はオネンネしたまんまだぜ」
 グリーンペッパーの両腕のグレネードライフルから、火薬をたっぷりと包み込んだ砲弾が次々と飛び出した。
着弾と同時に、破壊の嵐を巻き起こす高熱の火球が爆ぜ、火柱と黒煙を川沿いに幾つも連ねていく。
 戦闘ヘリの下腹部に据え付けられた機銃が火を吹く。
アズール・ロゼスタは機体を左右に揺らし、
降り注ぐ全ての銃弾を避けきってみせると同時に、コアに装備されたイクシード・オービットを展開した。
魂なき自律兵器は容赦なくヘリのコックピットめがけて鉛玉を叩き込み、破壊の炎を呼び起こす。
流れ星のように燃え落ちるヘリと、その真紅の照り返しに浮かぶ蒼い巨人。
 鉄色のACが三機に追いついた時には、敵部隊はほぼ沈黙していた。
僅かに残った二機のヘリが、旋回能力の低いグリズリーハントの背後に張り付いて
攻撃を繰り返していたが、分厚い重装甲にことごとく弾き返されている。
 青年は敵をロックオンサイトに捉え、トリガーを引いた。
吹き荒ぶ鋼鉄の嵐に弄られ、呆気無く地面に叩きつけられるヘリ。
それを見たハバネロが口笛を鳴らす。
「どうよ、初めて人を殺した気分は」
 だが返って来た答えは、思いもよらないものだった。
「・・・・・・別に初めてじゃない」
 青年は、思ったよりも軽かった誰かの命に、震える手をきつく握り締めた。
いつまでも引き摺っていても仕方の無い事だと分かってはいる。
だから、レイヴンになろうと決めたはずだ。全てを引き千切って飛ぼうと決めたはずだ。
他でも無い、自分自身が。
「へえ。良いレイヴンになれるかもな、お前」
 ハバネロは皮肉を吐き、肩部の三連装ロケットランチャーをぶっ放した。
その内の二発がヘリに命中し、一瞬で跡形も無く消し飛ばす。実に、あっさりと。
「だっはっは。楽勝楽勝!」
「第一防衛ライン突破。ECM効果時間、残り702秒」
 ロシュターナのアナウンス。ダフィネルは、うかれるハバネロに釘を刺した。
「ここからが本番だ。気を抜くな」
 四機のACは、散発的に襲来する敵航空部隊を撃破しながら、
ゼネ河中流地域の巨大岸壁、ビッグマンズステア《巨人の階段》に辿り着いた。
十数年前の大地震によって地層が階段状にせり上がっている事から、この様な名前が付けられている。
遥か上方の岸壁から降り注ぐ、豊富な水量を誇る瀑布。
それが朦々と煙る霧を作り出し、巨人の階段の黒々とした威容に、幻想的な色合いを添えていた。
 だが、その霧蔭にひっそりと隠れているのは妖精の類ではなく、迷彩塗装を施された固定砲台だ。
普通にこの断崖を昇ろうとすれば、たちまち蜂の巣にされてしまうだろう。
ミラージュ部隊はどこかに隠されている連絡通路を使って研究所を運用しているはずだが、それを探している時間は今は無い。
「私が突破する。ここで待機していろ」
 アズール・ロゼスタはブースターを噴射させ、軽やかに宙を舞った。
断層の所々にある突出した岩盤を足場に、ジェネレイターのエネルギーを回復させながら慎重に進む。
 だが中腹まで昇りきった所で、ロシュターナは突然エクステンションの
マルチブースターを作動させ、機体を崖の下へと投げ出した。
真っ直ぐに落ちていく蒼い機体。それを追いかけるようにして飛来した砲弾が、張り出した岩盤に炸裂。
その一発を皮切りに、狂ったような弾幕が断崖に降り注いだ。頂上の、固定砲台群からの攻撃だ。
マルチブースターが再びオレンジ色の炎を噴き出し、落下中の機体を強引に持ち上げる。
背面ブースターが溜め込んでいたエネルギーを爆発させ、鋭く伸びる炎の軌跡を描く。
亡霊のように砲撃の隙間を縫いながら、あっという間に頂上へと昇り詰めるアズール・ロゼスタ。
慌てて砲身を上へと向ける砲台を嘲笑うかのように、左腕の携行ミサイルランチャーをゆっくりと翳した。
青年の瞳は、その芸術的ですらある戦闘を、呆然と見詰めていた。
「処理完了。早く昇って来い」
 四機は再び合流すると、先程よりも流れが急になった河を遡っていく。
だが数秒も経たないうちに、全員のレーダーに高濃度のノイズが走った。
周囲を見渡してみれば、投下型ECMが樹木をへし折って、あちらこちらに点在している。
施設用の広域レーダーとACのレーダーは基本的な設計が違う為に、
両者に効果的なECMはまだ開発されてはいないが、
強烈な磁気を撒き散らす投下型ECMに接近しすぎれば、ACのレーダーもジャミングの影響を受ける。
「そろそろか。ハバネロ、頼む」
「おう。旦那達も気張れよ」
 グリーンペッパーはぐるりと反転し、その場に立ち止まった。
緑色の鉄巨人の視線の向こうには、四機を追撃してきた飛行型MT部隊の姿がある。ここで敵の足止めをするのが、彼の役割だ。
青年は一瞬、ハバネロとここに残ろうかと考えたが、生存率を少しでも高めた方が得策だと、その傍らを駆け抜ける。
「新人、お前も頑張れや」
 思いがけない言葉を掛けられて、青年はコックピットの中でハバネロを振り返った。
「・・・・・・あんたもな」
 返事の代わりに右腕を軽く上げたグリーンペッパーの中で、ハバネロはシガレットを燻らせる。
敵の数は、目視できるだけでざっと十四、五近く。
敵MTは飛行形態からのミサイル攻撃の他、変形して強烈なプラズマ砲を放つ難敵だ。
密林では実弾は射線が通りづらいが、熱エネルギーそのものであるビームならば、木々を燃やし尽くしながら強引に相手を狙える。
地上での行動を制限されるジャングルという地形での戦闘に適したMTだろう。
「10分くらい・・・・・・いや、3分粘ったら逃げっかな」
 シガレットを指で揉み消し、トリガーを引き絞る。
放たれたグレネード弾は夜空に放物線を描き、そしてMTを屑鉄に変えた。

 研究所に近づくにつれ、ジャングルはぷっつりとその姿を消し、ゼネ河の河岸も整備されたものになってきた。
三人は河から離れ、舗装された道路にACを走らせる。
何の障害物も無い、一直線の道。重く垂れ込めていた雲が僅かに空隙を見せ、真っ白な月が夜霧に霞む。濡れた機体が、月陰にさらさらと光る。
 それを遠くから望む事の出来る岩場の上で、数機のMTが狙撃銃を静かに構えた。
特殊レドームを頭部に装備し、陣笠を被ったようなフォルムの狙撃MT達。
雨滴が彼らの銃口の先から垂れ、そして今にも落下しようとしたその瞬間
「散れ!」
 重量級であるグリズリーハントの体当たりに吹き飛ばされ、青年のACは無様に地面を転がった。
それと同時に、グリズリーハントの左肩エクステンションの連動ミサイルを、鉄鋼弾が貫く。
 爆発。ダフィネルリンベガは激しく揺れるコックピットで小さく呻き、それでもトリガーを離さない。衝撃で乱れるモニタ映像を睨み、千数百メートル先の岩場の上に敵の姿を見つける。
 だがそれよりもレイヴンとしての勘が、右後方に射突ブレードを向けさせた。
刹那、鈍く重い感触がブレードの先から伝わり、その先の風景が歪む。
「光学迷彩か・・・・・・!」
 透明な何かは慌ててレーザーブレードを展開したが、時既に遅し。
リニアモーターと炸薬で撃ち出された特殊合金の杭が、中心をぶち抜いていた。
 白煙とスパークをあげながら崩れ落ちたのは、ダフィネルが看破した通り、光学迷彩を施されたブレード装備型MT。
狙撃MTとステルスMTのタッグは普段でも強力だが、今回はECMでレーダーが使えない為に、圧倒的にこちら側が不利だ。
 青年は仰向けに倒れた機体を何とか立て直そうと躍起になっていたが、強烈な衝撃が二度続けて胸部装甲板を殴打し、撃ち伏せられる。
狙撃MTは、確実に仕留められそうな獲物から消す事にしたらしい。
どこまでも事務的な、そして明確な殺意が狙撃銃から迸り、ACの脚部装甲を噛み砕く。
「う、うおあ・・・・・・っ!」
 恐怖が心を塗り潰す。
無我夢中で踏み込んだペダルに反応してブースターが吼え、青年のACは背中で道路を削りながら火花を散らした。
「落ち着け! 直線的な動きはするな!」
 グリズリーハントはガトリング弾を掃射しながら右肩のグレネードランチャーを構え、ロックオンもせずに岩場に向かって撃ち込んだ。
爆発と共に岩石が飛び散り、狙撃MT達の手が止まる。
その隙を逃すまいと、アズール・ロゼスタがステルスMTを振り切って飛び出した。
「今だ、立て!」
 ダフィネルの叱咤で我を取り戻した青年は、ブーストで強引に機体を立ち上がらせ、息つく間もなく右方向へステップを踏ませた。
刹那、腕部装甲をステルスMTのブレードが掠め、嫌な振動がパイロットシートに響く。
「くっそ、なめるなっ!」
 MTに押し付けたマシンガンが吼え、零距離で鉄塊を叩き込んだ。
ジェネレイターにまで達した弾丸が爆発を誘い、ACの装甲が黒く焦げる。
 狙撃MT達の射撃をゆらゆらと回避し続けていたアズール・ロゼスタが、突如、凄まじい勢いで飛び上がった。
あっさりと上空を取られた一機のMTに、ショットガンの銃口から噴き出したプラズマの雨が降り注ぎ、無数の風穴が開く。
MT操縦士は悲鳴を上げる間もなく、超高温に曝されて炭素化した。
動かなくなったそれを踏み潰すように着地し、急速旋回しながら死の光を撒き散らすロシュターナ。
熔ける鉄が奏でる舞踏曲が終わった時、動く者の陰は何処にも無くなっていた。
流れの速い雲に月が隠れ、激しい雨が降り出した。
闇に沈み込む夜の中にグリズリーハントのモノアイが光り、射突ブレードが見えない獲物を次々と穿ち抜く。
焦げたACの手に握られたマシンガンが、マズルフラッシュを明滅させる。
 その刹那、マシンガンによってステルス機構を破壊されたMTが、青年に向かって突っ込んできた。
鉄色のACはバックダッシュしながらマシンガンの引き金を引き続け、銃弾をめり込ませていく。
しかし、近距離戦闘に特化したMTのスラスター速度からは逃げ切れない。
MTは全身から煙を噴き上げながらも、執念のみでブレードを叩き込もうとする。
 間に合わない。青年は再び鎌首をもたげた恐怖を必死に噛み殺しながら、
コントロールレバーを急激に右に倒し、次いでレーザーブレードを展開した。
ACは全荷重の掛かった右足を軸に円を描くように回転し、MTの突撃をギリギリでいなす。
その後を追うように、左腕のブレードがMTの背中を切り裂いた。
MTはそのまま何事も無かったかのように走り続け、そして突然、爆発して四散する。
「敵部隊の全滅を確認。残り232秒」
 どうやら青年が倒したMTで最後だったようだ。
ロシュターナの淡々とした報告が、戦闘の一時的な終結を伝えた。
「急ぐぞ」
 グリズリーハントとアズール・ロゼスタは、青年に汗を拭う暇も与えず走り始めた。
苦しげに息を吐き、青年はペダルを踏み込む。
加速Gが身体を締め付け、精神と肉体が分離していくような錯覚を覚える。
驟雨は行く手を遮るようにますます激しさを増し、遠くで雷鳴が轟く。
そうして何度目かの雷光が三機を照らし出した時、
雨の帳に隠されるように、ミラージュの研究施設がぼんやりと浮かび上がった。
いや、それは要塞と呼んだ方が正しいのかも知れない。
窓の無い灰色の壁と、不気味に天を衝く通信用アンテナ。
メーンゲートには分厚い鉄扉が鎮座し、更に企業製の四脚ACが護衛している。
「あれも倒さないといけないのか・・・・・・」
鉄色のACはマシンガンを腰溜めに構え、飛び出そうとした。
だが、グリズリーハントの太いマニピュレーターが、それを制止する。
「これは俺の仕事だ。お前たちは、ここで待機していろ」
敵の様子を望遠モニタで確認したダフィネルは、青年とロシュターナを待機させる。
付け焼刃の連携プレーは、時に自分の首を絞めかねない。
ダフィネルはフットペダルを踏み込むと、単独で敵に突っ込んで行った。
ロックオンカーソルが四脚ACを捉える。
クラスターミサイルのあぎとが開き、右肩に残った連動ミサイルが待機状態に入る。
四脚ACはグリズリーハントの姿に気付くや否や、右肩の三連パルスキャノン、左肩のプラズマカノン、
武器腕のレーザーアーム、更にはエネルギーイクシードオービットを乱射した。
光速で走る色鮮やかな光条は、鋭い切り替えしで接近する漆黒の機体を掠めはするものの、決定打にはなり得ない。
お返しとばかりに発射されたガトリングが四脚ACの肩を掠め、
同時発射されたクラスターミサイルが頭上で爆雷を散布する。
それらはブースト移動で簡単に避けられたが、エクステンションから連動して発射されていたミサイルが、ACの頭部を破壊した。
それはただ単に、企業ACのパイロットにミサイルを避ける技量が無かったという事ではない。
ダフィネルが放っていたガトリングが、クラスターミサイルを回避する方向を限定していたのだ。
更に、連動ミサイルの発射仰角を微調整し、追い詰めるような攻撃を実現している。
まさに、老獪。
実力の差に気付いたのか、四脚ACの動きが明らかに変わった。
足を止めての攻撃重視スタイルから、移動しながらの回避重視スタイルにシフトする。
ダフィネルの放つガトリング弾を滑らかな動きで避けながら、
インサイドから浮遊機雷を射出してグリズリーハントのブレードを牽制する。
 敵も素人ではない。ダフィネルは舌打ちと共にガトリング砲を放り捨て、
コアのハンガーユニットから連装マシンガンを取り出した。
人間の手の形を模したその兵器は、俗にフィンガーと呼ばれ、
10秒ほどで全ての弾薬を撃ち尽くす程の連射性能を誇っている。
 そのフィンガーから、猛烈な勢いで弾薬が迸る。
浮遊機雷が次々と打ち落とされ、爆風と撒き上がった粉塵で、視界は一気にゼロになる。
四脚ACはバックダッシュで距離を開け、眼前の煙幕に向かってレーザーアームを発射した。
だが、そこに手ごたえは無い。
 突如、クラスターミサイルが煙の中から飛び出し、四脚ACに襲い掛かった。
先程の様に連動ミサイルが来ると警戒してか、前方へのブーストダッシュで潜るように爆雷を避ける。
 だがしかし、それこそがダフィネルの狙いだった。
突如として四脚ACの脚部が破壊され、前のめりに倒れ込む。
 地雷だ。先程の機雷除去の際にグリズリーハントが放った地雷が、獲物を捉えたのだ。
ダフィネルの狡猾な罠に嵌められた四脚ACのパイロットは、戦闘中最も陥ってはならない状態に陥る。それは即ち、キレるという事。冷静な判断能力を失った戦士に待つ運命は、死。
ブースターを全開にして空に飛び上がったACは、武器腕のスーパーチャージャーを展開し、エネルギーを溜め始めた。
射出限界を超えた一撃で、形勢を逆転するつもりだろうが、ダフィネルはそれを許すほど甘くは無かった。
雨に洗われ、静かに晴れた煙の中で、グリズリーハントはグレネードランチャーを構えていた。
大口径が二つの炎塊を吐き出し、四脚ACのコアに直撃する。
一瞬にして装甲は剥ぎ取られ、各部フレームのジョイントも破壊された。
最期の抵抗か、飛び散ったレーザーアームから、今更のように極太のエネルギー波が照射される。
だがそれはグリズリーハントの脇を掠め、道路を溶かすに終わっただけだった。

青年は、ただただ圧倒されていた。
遠目に見ていても、ダフィネルの強さは良く分かる。
技術的な面もあるが、あれだけ殺意をぶつけられながら、それを物ともしない心の強さ。
しかし、ロシュターナはそうは思わなかったようだ。
「遅すぎる・・・・・・私なら、3秒でカタを付けることが出来た」
「そうだろうな」
 否定せず、やんわりと受け流すダフィネルが気に食わなかったのか、ヘッドギアの向こうで小さな舌打ちが聞こえる。
アズール・ロゼスタは猛スピードで走り出し、ハンドミサイルの一撃でアンテナを破壊した。
「残り25秒。通信用アンテナを全て破壊しろ」
 グリズリーハントはコアのハンガーユニットに連装マシンガンを格納すると、
ゆっくりとガトリング砲を拾い上げる。
その間に、青年のACとアズール・ロゼスタによって、施設に設置されたアンテナが全て崩れ落ちた。
「ECM効果時間、残り4、3、2、1、タイムオーバー」
「何とか間に合ったか」
 グリズリーハントは、研究施設の頂上に佇むアズール・ロゼスタを見上げた。
だが返事は無い。ダフィネルはそれを気にする様子も無く、青年に話し掛ける。
「どうする。俺とここに残るか? 敵はまだ残っているだろうがな」
 青年はしばらく考え込み、答えた。
「俺は、中に行く。生き残る確率を、少しでも上げたい」
 その返事を聞いた瞬間、アズール・ロゼスタは青年の目の前ギリギリに着地し、恫喝するように真紅のアイセンサーを輝かせる。
「・・・・・・難しい事は言わない。ついてくるのは勝手だが――」
 ゲートが開き、研究所独特の乾いた空気が溢れ出す。薄暗い通路を照らすオレンジ色の照明が、地獄への入り口を思わせた。
「貴様は何もするな。邪魔だ」
 そう吐き捨てて、ロシュターナはゲートの向こう側へ消えた。
厳しい表情でその後を追おうとする青年に、ダフィネルが静かに言う。
「銃口が目の前にある時以外は、油断せず、肩の力を抜いておく事だな。俺から言えるのはそれだけだ」
「・・・・・・ありがとう」
 青年は苦笑いを浮かべ、張り詰めていた体を少し緩めた。
何となく視界が広くなった気がして、気持ちも晴れる。
「よし」
鉄色のACは、アズール・ロゼスタを追ってゲートを潜って行った。
 ダフィネルの無感動な瞳は、ゆっくりと閉じる鉄扉を映していたが、突然鋭い光を宿してギラつく。
「さて。そろそろ出てきたらどうだ。ミラージュの犬め」
 グリズリーハントの掲げるガトリングの先には、どろりとした闇が広がっている。
だがそこから、全てを燃やし尽くすような紅灼の鎧を纏ったACが、静かに姿を現した。
アズール・ロゼスタと全く同じフレームで組み上げられた、紅いAC。
だがその武装は凶悪を極めている。
両手に装備されたフィンガーマシンガンに、両肩のレーザーキャノン。
破壊しか考えていないような、極端で強力な構成だ。
「あーあ、見つかっちゃった。後ろからヤろうと思ってたのにィ」
 どこかロシュターナに似た幼い声が、ダフィネルの鼓膜を刺す。
「でもさ、こうじゃないと面白くないよね。こないだヤラれた分、オジサンにはじっくりと返さないといけないから」
 鈴のように透明な声で笑うのは、赤いAC、ロッソ・ロゼスタのパイロット、シャルギス。
「・・・・・・ハバネロは、どうした」
 ダフィネルの問いに、シャルギスはとぼけたような声を上げる。
「んー、あの面白いお兄ちゃんのコト?」
 ゆっくりと持ち上げられたロッソ・ロゼスタの右手には、グリーンペッパーの腕部と思しき緑色の鉄屑が握られていた。
「逃げ足速かったよ、あのヒト。捕まえて千切ってやろうと思ったのに、これだけしか取れなかったもん。
シャルが殺せなかったのは、あのヒトで三人目。一人目はお母さん。二人目はオジサン。ふふ」
 それを後ろに放り捨て、ロッソ・ロゼスタは蒼いアイセンサーを明滅させる。
「ね、ね、ところでさ。お母さん、さっきそこに入ってったよね。今度こそ、殺したいの。通してくれない?」
「断る」
 ダフィネルはそう呟くと同時に、両肩の武装とエクステンションをパージして自重を軽くした。
トリガーを握る手が汗ばみ、グローブの中で滑る。
「意地張ると、イイ事してあげないよ?」
「餓鬼に興味は無い」
「これから、虜にしてあげる。シャルのコトを想いながら、逝くんだよ」
 妖しい音色で響くシャルギスの微笑みに、ダフィネルは唾吐いた。
「今度こそ、息の根を止めてやろう」
 黒と赤、二機のACのブースターが咆哮を上げた。
それに一瞬遅れて、全てを掻き消すほどの銃声が、大地と大気を震撼させる。
銃の排気と、熱した機体に触れて水蒸気となった雨滴が混ざり合い、靄となって白く滲む。
それを振り払い、姿を現したのは、全身に銃痕を刻んだグリズリーハント。
ロッソ・ロゼスタの頭部に向けて、右腕の射突ブレードを叩きつける。
鈍い音色と共に、赤い鉄塊が宙を舞う。
頭部パーツだった残骸が、ばらばらとアスファルトに撒き散らされる。
「くぅ、あ・・・・・・ふふっ。オジサン、激し過ぎ・・・・・・」
 シャルギスは機体を後方へ逃がし、両肩のレーザーキャノンを展開させた。
「今度は、シャルの番だよ」
 二筋の光条が、霧散したプラズマ粒子の飛沫を帯びて伸び、グリズリーハントの左腕部装甲を根こそぎ剥がし取った。
二万度を超える超高熱の火線は、それだけでは破壊し足りないとばかりに、背後の建物を貫き、炎上させた。
 反撃とばかりに、ガトリングガンの銃身が回転し、灼熱の弾丸を撃ち出す。
だがその全ては、ロッソ・ロゼスタの身体を穿つには到らない。
FCSの予測射撃、お互いの距離、そして弾速を全て計算に入れた回避行動。
亡霊のように弾丸を避けるその動きは、彼女の母たるロシュターナと全く同じものであった。
シャルギスは機体を飛翔させ、実に楽しそうに笑う。
「あっはは、下手っぴ」
 ダフィネルは舌打ちすると、コンソールに文字列を入力し、FCSを切った。
そしてマニピュレーターの操作桿に腕を突っ込み、手動で射角を制御する。
すると、先ほどまで掠りもしなかった攻撃が、徐々に赤い機影を捉え始めた。
真紅に塗装された装甲板が削り飛び、衝撃でロッソ・ロゼスタの姿勢が崩れる。
 ダフィネルはすかさず、敵の着地点に向かってインサイドの地雷を設置した。
それを察知したシャルギスは、マルチブースターを噴射して姿勢を立て直し、
上空で大きく弧を描いてグリズリーハントの背後に着地する。
「ふふ・・・・・・ふふ、うふふ」
 シャルギスの、淫靡な笑い声。
ロッソ・ロゼスタは攻撃の手を休め、パイロットの意思を映し出す水鏡のように、青いアイセンサーを静かに明滅させている。
グリズリーハントも足を停め、右腕の射突ブレードを標的に向けた。
「・・・・・・闘争が、そんなに愉しいか」
 ダフィネルの問いに、シャルギスは恍惚とした返事を寄こす。
「当たり前だよ。今だって、お腹の下らへんが、ゾクゾクするし・・・・・・」
 そして、自分の下腹部をまさぐり、熱い吐息をゆっくりと零した。
「やっぱり・・・・・・オジサンとヤッてる時が、シャル、一番気持ちいいかも」
「鬼子め」
「ふふ。オジサンを殺したら・・・・・・シャル、一体どうなっちゃうんだろ。
きっと、もっともっと、気持ちよく・・・・・・あ、あああっ・・・・・・!」
 シャルギスは突然頭を抱え、血の混じった涎と涙をぼたぼたと垂らした。
金色の眼球がぐるぐると廻り、背を大きく膨らませて荒く息をする。
「あぁっが・・・・・・ぐ、げ?」
「・・・・・・発作か。前よりも、間隔が近くなって来ているようだな。お前の《使用限界》も、もうじきか」
 ダフィネルは冷たく吐き捨て、木偶のように突っ立ったロッソ・ロゼスタのコアに、
射突ブレードの鋭利な先端を押し付ける。
「せめて苦しむなよ。先に地獄で待っていろ」
「はぅ・・・・・・ぎ、あぉ・・・・・・おかあ・・・・・・さ――」
 その瞬間、人間のものとは思えない絶叫が、シャルギスの喉から迸る。
同時に、ロッソ・ロゼスタの両手が紅い毒蛇のように伸び、グリズリーハントの頭部を砕き、引き抜いた。
「ぐおお?!」
 衝撃に揺れるコックピットで、ダフィネルは反射的に射突ブレードの発射トリガーを引いた。
炸薬と電磁モーターで撃ち出された必殺の鋼杭は、しかし紅い悪魔を貫く事は適わない。
ブレードを神がかった反応速度で避けたロッソ・ロゼスタは、
両手のフィンガーと両肩のレーザーキャノンを滅茶苦茶に乱射し、狂ったように暴れまくる。
「くそ、手がつけられん――があッ!」
 グリズリーハントを押し倒し、一際大きなブースト炎を吐き出すロッソ・ロゼスタ。
信じられない程の推力で、60トンを超える巨体を轢きずっていく。
ダフィネルは気付いた。地面を削りながら滑る先には、先程自分が設置した地雷群がある事を。
「いかん・・・・・・」
 老練のレイヴンは躊躇うことなくコックピットハッチを開き、百キロ以上で動く愛機の上から飛び降りた。
そして左肩から地面に激突した瞬間、地雷に触れた二体の巨人が、黒煙を上げて爆散する。
 ダフィネルの身体は数十メートル以上転がり続け、道路脇の樹木にぶつかってようやく止まった。
よろよろと立ち上がり、面を上げると、愛機とロッソ・ロゼスタが抱き合うようにして倒れ、炎上している。
あの様子では、もうスクラップにするしかない。シャルギスも無事ではあるまい。
小さく溜息をつき、酷く痛む肩を押さえて歩き始める。幾らなんでも、徒歩で帰還する事は出来ない。
この施設にだって、ヘリコプター位は置いてあるはずだ。
ダフィネルは森の闇に消え、炎の震える音と、雨音だけがその場に残った。

 地下へ向かって張り巡らされた、巨大な蟻の巣の中。
青年はアズール・ロゼスタの刻み付けた破壊の痕を目印に通路を選び進み、
MTの残骸と思しき物体が散らばる部屋を幾つも抜けた。
ロシュターナが言った通り、自分の出る幕は端から無かったのかも知れない。
そんな事を考えながら扉を開けた青年の目に突然、異様な物体が映る。
 それは、シリンダに浮かぶ赤黒い人間だった。ただし、AC並みの大きさの。
「これが・・・・・・ミラージュの?」
 青年は息を呑み、部屋の中心に位置するシリンダを恐る恐る覗き込んだ。
どうやら既に息絶えているらしいが、それでも放たれる禍々しさは消えてはいない。
光を失った三つの瞳が、虚空をじっとりと眺めていた。
 部屋を見渡してみると、まだ通路があるようだ。ロシュターナも先へ行ったのだろう。
青年は最後に死せる巨人に一瞥をくれると、奥へ進む。
しかし、次の部屋にも同じく、水槽に浸かった赤黒い巨人が待ち受けていた。
先程と違う点は、右腕が半分機械化し、鎧を着けたようになっている点だが、やはりこの巨人も生きてはいない。
 次の部屋にも、そのまた次の部屋にも、巨人の標本が大事そうに保管されていた。
進めば進むほど巨人は機械化してゆき、形状は次第にACに近くなっていく。
九つ目の部屋のシリンダを見つめ、青年の口から思わず声が漏れた。
「生体ACでも造る気なのか・・・・・・」
 赤黒い肉体を鋼で包み込んだ巨人と、機械仕掛けの巨人が静かに視つめ合う。
 すると、ふと耳鳴りのような小さな音が聴こえ始め――
「ッ?!!??!」
その微かな耳鳴りは突然、サイレンのような爆音に飲み込まれた。
いや、それは音というより、圧縮された超音波による暴力。
混沌とした空気の絶叫に全身の細胞が共振し、沸騰する。
 青年はヘッドギアを脱ぎ捨てて頭を掻き毟り、ぎりぎりと歯を食い縛った。
目の前の景色が歪み、呼吸すら自由にならない。逆流する血液。
筋肉は痙攣を始め、眼は白目を剥く。
だが脳が爆発する寸前にサイレンが鳴り止み、青年はコンソールパネルに顔面を叩き付けた。
荒い息に画面が曇り、口端から垂れ落ちる唾液が糸を引く。
「な・・・・・・に、が・・・・・・」
 虫の息状態の青年は、目の前のシリンダに亀裂が入った事に気付けなかった。
亀裂は見る見る大きくなり、溶液が滲み出す。
生体兵器の三つの瞳が兜の継ぎ目から爛々と輝き、そして、シリンダを突き破って青年のACに飛び掛かった。
「ぐっは・・・・・・!」
 青年の乗るACを押し倒し、馬乗りになった生体兵器。
その6本ある指先からエネルギーナイフが発生し、ACの頭部に突き刺さった。
メインカメラが焼け落ち、コックピットが一瞬暗くなる。
すぐさまコアのサブカメラに切り替わったモニタに、生体兵器の装甲と、その隙間で不気味に蠢く肉が覗いた。
「くそ! くそ、こいつ!」
 ACはマシンガンを生体兵器の脇腹に押し付け、トリガーを引いた。
銃弾が食い込んだ部分から血飛沫が噴き出し、生体兵器は奇妙な叫び声を上げながら飛び退く。
その銃創が脈打ち、ひしゃげた弾丸を排出すると同時に、傷が一瞬で塞がった。
 青年はブースタを爆発させて飛び起き、マシンガンを乱射させた。
だが先程の超音波の影響か、視界が白濁して上手く敵を追えない。
精度の低い射撃を嘲笑うかのようにACの背後に回り込み、斬り掛かる生体兵器。
しかし、青年のレイヴンとしての勘は、ハバネロやロシュターナ、
そしてダフィネルの戦いを間近で見る事で、急速に研ぎ澄まされつつあった。
ACの左腕から伸びたブレードが後方に奔り、生体兵器の胸部を縦に深く切り裂く。
体液を撒き散らしながらACの足元にすがり付いたそれに、容赦無く止めの一撃が振り下ろされた。
兜ごと頭蓋を破壊された生体兵器は全身を激しく痙攣させ、そしてやがて動かなくなる。
「何だこれ・・・・・・それに、さっきの音」
 その問いに答える者は、当然居ない。
ロシュターナが何かをした所為で防衛システムが起動したのか、それとも別の要因があるのか。
憶測は幾らでも出来るが、立ち止まって思考している暇も意味も無い。答えは、奥の扉のすぐ向こうにあるのだから。
 青年はマシンガンの弾倉を交換すると、ゲートロックを解除した。
扉の先は半径の広い縦穴になっていて、円盤状の分厚い鉄板がそれを塞いでいたのだろう。
だが、ロシュターナがやったのか、その鉄板はことごとく破壊され、
ACが楽に通れる程の大きさの穴が開いている。
 ブースターの炎が、薄闇を照らす。
断続的に響く噴射音が木霊し、青年は静かに最下層へと降り立った。
静けさに満ち満ちている通路には、強化アクリルにゲルを挟み込んだ防音扉が無数に並んでいる。
ACが近づくと、扉は次々と天井に吸い込まれていった。
同時にそれは、音の通り道を開けた事にもなる。
通路の奥から微かにブースト音が響き、エネルギーショットガン特有の、爆発にも似た発射音が織り交ざる。
「戦っているのか」
 青年はACを走らせ、最奥部のゲートを開いた。
刹那、強烈なビームがACの肩を掠め、装甲表面を溶かす。
青年を狙ったものではない。その前を猛スピードで横切った、アズール・ロゼスタに対する攻撃だ。
ロシュターナは青年に一瞥もくれず、存在すら無視して戦いを続ける。
彼女が対峙しているのは、アンテナのような頭部と、両肩に背負った唯一の武装、
カルテットキャノン(四連装砲)が特徴的な、白い二脚中量級AC。
だが、何かが不気味だ。見た事も無いフレームで構成されているからではない。
生理的な嫌悪感を感じさせる空気を、そのACは全身から放っていた。
「手を出すな!」
 思わずマシンガンを構えた青年に、ロシュターナの怒号が飛ぶ。
「私の獲物に手を出せば、貴様も殺す!」
「だが、こいつを倒さないと、目標が――」
「これが破壊目標だ!」
 アズール・ロゼスタが宙を駆け、ショットガンを放つ。
死の光は白いACを捉えたかに見えたが、目に見えない何かに遮られて届かない。
肩が異常に張り出した腕部パーツが展開し、ABF(アンチビームフィールド)を形成しているようだ。
 ABF。濃密なプラズマ減衰ガスを高温で霧散させ、更に指向性シールドで完全に防ぎきるという代物だ。
本来、発振装置が極度に巨大な為に、地上戦艦などの大型兵器にしか
搭載出来ない筈のABFだが、これがミラージュの研究結果なのか。
「もう一度だ・・・・・・もう一度、あれを撃て・・・・・・」
 カルテットキャノンの容赦無い砲撃を紙一重でかわしながら、ロシュターナはぶつぶつと独りごちる。
ミサイルランチャーは一発を残して既に撃ち尽くし、イクシードオービットは破壊された。
インサイドのナパームロケットは破壊力が低く決定打に欠け、
ショットガンのプラズマを集束する特殊マテリアルも消耗が激しい。
 しかし、ロシュターナの金色の瞳には、諦めの色など浮かびはしなかった。
 無駄だと知りつつも、アズール・ロゼスタは攻撃の手を休めない。
カルテットキャノンのチャージ時間を狙って敵の頭上を飛び越え、
着地すると同時に背後からショットガンをぶち込む。
空間が歪み、プラズマが全て中和される。薙ぎ払うように振り回される敵の左腕。
それをショットガンの銃把で叩き落し、マルチブースターの力を借りて突進をかける。
装甲と装甲がぶつかり、せめぎ合い、火花を散らす。何かが歪む音がする。
 だが、所詮は軽量級の機体。白いACがブーストを噴かしただけで簡単に押し負け、弾き飛ばされた。するとロシュターナは何を思ったのか、
アズール・ロゼスタをわざとバランスを崩したかのように振る舞わせ、隙を見せる。
当然のように、カルテットキャノンを展開する白いAC。だがその直後、異常が起こる。
先程の体当たりでジョイントが捩れ、妙な角度に砲身を向けるキャノン砲。
すぐさまそれをパージし、白いACはバックダッシュで一気に距離を取った。
「来た・・・・・・!」
 アズール・ロゼスタのブースターが、エネルギージェットを吐き出した。
同時に、白いACのコアが縦に割れ、機械と生体が混じったグロテスクな内部機構を剥き出しにする。
そして――

 音の爆発。青年が聴いたあのサイレンと同じ。
いや、それよりも近くで聴いている分、強烈で破壊的な振動。
大気が泣き叫び、世界が暗転する。殺されていく神経感覚。視覚も聴覚も嗅覚も触覚も味覚すらも。
 青年は絶叫を上げ、コックピット内でもがき暴れた。頭を何度もモニタに打ち付け、狂ったように掻き毟る。
右の鼓膜が破れ、鼻血が溢れる。流れ込んだ血液で口の中が真っ赤に染まり、血泡を吹く。
 だが、アズール・ロゼスタは止まらなかった。左腕を盾のように掲げ、正面から突撃してゆく。
激突。左腕のハンドミサイルが、白いACの展開したコアに食い込んだ。
無理な力を加えられた音波兵器は電光を飛び散らせ、その出力を弱める。
アズール・ロゼスタはすぐさまランチャーをパージすると、マルチブースターを噴射して後方に飛びずさった。
「死ね」
 無慈悲な細い指が、トリガーを引き絞る。
肩に内臓された小型ナパームロケットが爆ぜ、衝撃と炎、そして置き土産のハンドミサイルが誘爆する。
 一瞬の強烈な閃光。熱風。
ロシュターナが再び眼を開いた時、
目の前には上半身を吹き飛ばされて呆然と立ち尽くす生体ACの脚と、フロアに転がった少女の姿があった。
 裸の少女は全身からコードやプラグを垂らし、生気のない瞳で蒼冷の巨人を見上げた。
その口元が微かに動き、何かを伝えようとしている。
「死にたがり・・・・・・か」
ロシュターナは淡いルージュを引いた唇に指先を這わせ、そして、悪意に満ちた笑みを浮かべた。
「おい、生きているか」
 ACの中でぐったりとしていた青年が、その声に微かに反応する。
「あ、あ、ああ・・・・・・」
「貴様にも仕事をしてもらおう。敵に止めを刺せ」
「とどめ・・・・・・?」
 ぼんやりと面を上げた瞳に、少女が映る。青年の顔が、みるみる青ざめた。
「馬鹿な・・・・・・殺せって、言うのか」
「そうだ。こいつを含めた全てが、ミラージュの研究対象だ。それらを全て破壊するのが、今回のミッションの目的」
「待てよ・・・・・・そんな事、出来るわけ無いだろ。もうこの子に、戦う意志は無いじゃないか」
 悲痛な眼差しを向ける少女の姿に、心の底に閉じ込めていた暗い虚がじわりと広がる。
忘れ去りたい程に痛々しく、吐き気がする程に鮮明な記憶が蘇る。
 雨、ビル、煙、転がったオレンジ、手にした銃の重さ、そして――
「殺せないのか」
 故に、その問いへの答えは、一つきりしかなかった。
「いや、違う・・・・・・殺さない」
「・・・・・・甘い」
 ロシュターナの声色が、刃物の鋭さを宿し始める。
「人殺者になれない貴様が、レイヴンになるだと? 冗談も度を過ぎる。
赤子も、女子供も、老婆も、犬畜生まで全ての命は、レイヴンにとって、ただの獲物でしかない」
「ふざけるな、あんたは・・・・・・」
 そこまで言って、激しく咳き込む青年。
流れ込んでいた血の塊が喉から飛び出し、モニタを赤く染めた。
「もういい。貴様はそこで見ていろ」
 ゆっくりと少女に近づいていくアズール・ロゼスタ。青年は慌ててACを飛び出させ、その間に割り込んだ。
「ま、待て」
「愚図め。そこを退け」
 いよいよ明確な殺気を帯び始めたロシュターナの声に、胃液がこみ上げる。
だが青年はそれを押し殺すと、ゆっくりと、一つ一つの言葉を確かめるように言った。
「・・・・・・あんた、最初に言ったよな。奪取が不可能な場合は破壊するって。
俺のコックピットになら、ぎりぎりもう一人は乗れる」
「どういうつもりだ」
「目標を奪取する。クレストに引き渡すんだ。殺す必要なんて、無い」
「・・・・・・何を言い出すかと思えば・・・・・・」
 ロシュターナは低くこもった声で笑う。
「偽善のつもりか。それとも只の馬鹿なのか。
クレストに渡した所で、この娘に待つのは、人体実験の挙句に臓物を切り開かれ、屑肉にされる運命だ。
今、ここで潰されるのとさして変わらない。いやむしろ、その方が娘にとっては幸せだろう」
「何を、馬鹿な・・・・・・」
「馬鹿は貴様だ。ミラージュのモルモットに、そもそも人権など無い。
一度奪われたものは、二度と取り返せはしない。それが、この世界のただ一つのルールだ」
「・・・・・・!」
 己の甘さと浅はかさを暴かれて、青年は言葉を失った。
ロシュターナの吐いた真実は、自分が一番良く知っている筈のこの世界の絶対法なのに、何故忘れてしまっていたのか。
「貴様の選択が、事実を知った上で下したレイヴンとしての鉄の判断ならば、私も認めざるを得ない。
契約に忠実なのは貴様の方だからな。だが――」
 不意に突きつけられたショットガンの銃口が、青年を見つめる。
「もし、程度の低い、浅はかで愚かで下らない、
豚の糞にも劣る《哀れみ》という感情に拠るものなら、私は私の為に貴様を消し去る。目障りだ」
 冷たい沈黙が、無線通信に流れた。
青年は口元を手の甲で拭った。赤い、まだら模様がへばりついた。
ロシュターナの唇が、冗談混じりの言葉を紡ぐ。
「これは私なりの慈しみだ。お前のその甘さで、私を止められるか?」
「お、俺は・・・・・・」
 真実で切りつけて来るロシュターナの問い掛けに、青年は答えを見失った。
「選べ。お前が殺すか、お前が殺されるか」
 目の前の銃口から、蒼白い光が漏れ始める。
赤いモニタに映る少女と青い光を交互に見やりながら、青年の心臓は張り裂けそうなほどに脈打っていた。
「俺は・・・・・・」
 意志とは無関係に、震える指先がトリガーに掛かる。マシンガンが静かに持ち上がり、少女を捉える。
 俺は、また、無意味に、殺してしまうのか――
「シェヴィ・・・・・・」
 そうだ、俺はもう、あの過ちを繰り返さないと――
 降り注ぐ鋼鉄に曝され、少女は血煙になって消えた。

ようこそ、レイヴンズアークへ。
本日只今を以って、君はレイヴンとしてアークに登録され、正式にACを与えられる。
契約内容の詳細は、添付された公式ドキュメントを参照して欲しい。
一つ、重要な事項を伝える。
昨今、企業と直接契約を結び、専属レイヴンとなる者が急増している。
これに対し、アークは断固たる処置を取る。
くれぐれも契約違反だけは犯さぬ様、留意して欲しい。
短いが、これで契約確認を終える。健闘を祈る。

登録レイヴン氏名  ――《ジム・ペンター》
登録レイヴンシリアル――《XA26889》
登録レイヴンコード ――《ジム》
登録ACコード   ――《グィンティン》
接続。確認。認証――――

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