第 6 章
レジスタンス 新たな力と新たな仲間
弱き生命体よ―――
目覚めるのだ―――
六千年の封印は解けた―――
私を手にし、目覚めるが良い―――
剣は語る。
@の脳裏に鮮烈なイメージが生み出される。
無限に広がる荒野にたった一本突き刺さる剣と、その前にたたずむ@。
伝説の聖剣を思わせるそれは、@に語り続ける。
力を―――強さを欲したのではなかったのか?
「…僕は…強くなんてなりたくない」
―――そのような覚悟で、世界を救うなどと?
「世界を救おうなんて思ってない!僕は…!
戦いなんて…だいっ嫌いなんだ」
封印は解かれたのだ―――
お前が望もうと望むまいと―――
世界は動き始めた―――
「僕なんて、世界でいちばん臆病な芋虫だっ!放っておけば良いだろっ!」
そうはいかない―――
お前は―――「器」だからだ
「…器?」
―――さあ、弱き生命体よ
六千年の安息の眠りは終わった―――
―――目覚めよ!
剣が放つ閃光に、@の目は眩み、視界が霞む。脳裏の映像はかき消される。
同時に暖かい光が、@を包む。ああ、まぶたが重い。
重厚な城門を開くように。ぎぎぎ、ああ、音まで聞こえる。
もう長い間光を知らなかった網膜細胞は一気に騒ぎ出す。
「目覚めたのジャな」
目の前にあったのは、
顔。
顔だ。
薄暗い室内――屋根裏部屋だろうか。朝の光が薄く差し込んでいる。
部屋にはベッドと、小さな椅子と、机しかない。こぢんまりとした一室。
@の横たわるベッドの傍らには、顔が。大きな顔が、小さな椅子に、笑みをたたえて鎮座している。
「調子はどうジャ?」
理解には、数十秒を要した。
老人の顔。@よりもひとまわり大きい。満面の笑みが絶えない。まるで仏のようだ。
「賢顔」(けんがん)コジャ仙人その人なのであろうか。きっとそうだ。語尾がそれっぽい。
「はい、大丈夫です」
そう応えようとしたが、錆付いた喉が音を通さない。
@はむせ、乾いた咳をした。血の味がする。
「水を持ってこよう。しばし待つのジャ」
仙人は驚くほど身軽に、ひらりと席をはずした。
小さな部屋に残された、ベッドの上の小さな芋虫。
記憶を逡巡する。黒ずくめの男…倒れる少女…あの後、僕は…?
急激な思考に耐えられずに、仙人の帰りを待たずして、@の意識は再び闇に沈んだ。
そうして@が目覚めたのは、夕方。
西日が差し込み、照らされた埃が舞う小さな部屋で、再び@はコジャ仙人と対面した。
仙人は、あれから少しも違わぬ様子で、少しも違わぬ笑顔のまま、椅子に座っていた。
「気付いたか?ほれ、水ジャ」
手渡された水は旨く、乾きひび割れた喉を潤してゆく。
ごくごくと飲み干すと、ひとつ咳をして、今度は堰を切ったように@が質問を浴びせた。
「あなたは、コジャ仙人ですよね?ここは、どこなんですか?僕はどうなったんですか?
僕はどのくらい意識がなくて…?オニオンは、ツァマキエルは?無事なんですか」
突然の質問にも別段面食らった様子もなく、仙人はこれまでの経緯を、静かに語り始めた。
サーベル山脈全体を揺るがした大地震。様子を見に来たコジャ仙人が発見したのは、
戦場の跡と、疲れきった芋虫、少年。そこに盗賊の少女の姿はなかったそうだ。
あれから三週間ほど経った今日、ようやく@が目を覚ました。
コジャ仙人は帝国に対して「レジスタンス(resistance)」と呼ばれる抵抗勢力を構えていた。
レジスタンスは主としてモンスターと、反帝国的意識を持った若者達で構成されていた。
のちに発足する「リターナー(returner)」―――「世界を元に戻す者」とは
似て非なる組織であるが、レジスタンスが影響を及ぼしたものであると推測される。
サーベル山脈の麓、レテ川の上流域に本部を構えるレジスタンスは、
帝国に対し一斉蜂起を仕掛ける算段を整えていた。しかし、頭数がまだ足りない。
「そこでジャ」
「え…僕?」
「うむ。オニオンは、もうとっくに訓練を始めておるのジャ」
「えっ」
かねてから帝国に怒りを覚えていた少年は、レジスタンスの活動方針に大きく賛同し、
すぐに入団を決意、その日のうちに剣術の訓練を志願したそうだ。
@は苦笑した。なんだか置いていかれたようで歯痒く感じる一方で、
オニオンらしいな、と思った。彼の行動力に舌を巻く思いでもあった。
「でも、僕は…僕は、弱い」
かぶりを振って(身体を左右に揺らすことになるのだが)、仙人は言った。
「あの大地震…あれは、おまえが起こしたものジャろう?」
マグニチュードにして8を超える大地震。それを、僕が?
「あれを自在に操れるようになれれば、おまえは一級品の戦力ジャ」
「…僕は、強くなりたいんじゃないっ!僕なんか…!」
声を荒げる@。常に笑みを絶やさないコジャ仙人であったが、
その瞬間、視線に厳しいものが混じる。それを感じてか、@は口をつぐむ。
少しの沈黙を破って、わずかに低い声で、仙人は告げた。
「ならば、去るが良い。だがそのマエに、友達に会っていったらどうジャ」
訓練場は、予想していたよりも広い。技の鍛錬に励む者も意外に多かった。
冬とは思えない熱気。砂地になっているため砂埃が舞い、視界は悪かったが
剣をぶつけ合う数十人(匹)の中から、見知った姿をひとり、見つけた。
「…オニオン」
オニオンソードは腰に挿し、その大きさの倍はあろうかというグレートソードを構え、
真剣な眼差しで敵の隙を狙う。相対するのは、長い刀を正眼に構えた長身の不気味なサムライ。
互いに間を詰める。敵が正眼から上段に移る一瞬の隙を突いて、踏み込むオニオン。散る火花。
ぎぃん。がきぃん。立て続けに二撃、三撃。重い攻撃。@は目を見張る。
ざしゅっ。下から斬り返したグレートソードが、サムライの目深に被った笠を跳ね上げる。
あと数センチで、サムライの顔が下顎からまっぷたつに割られていたかもしれない。
いや――見切っているのか?見切った上で、最小の動きで避けているというのか。
すかさず突きの構えで間を詰めるオニオンだが、刀のリーチと身長の差で、それは適わない。
再び間を取る両者。あらわになったサムライの双眸が、獲物を狙うように鋭く光る。
そこに。
からぁん。ころぉん。
訓練の終了と、夕飯のときを告げる鐘の音が響いた。
訓練場から、緊張の色がふわっと抜ける。ぽつぽつ談笑が聞こえてくる。
@はオニオンに話しかけることができず、居たたまれない心地がして、訓練場を後にした。
オニオンは、三週間で見違えるほど強くなっている。もともと素質があったのかもしれない。
それに比べて、僕は、なんだ。逃げてばかりだ。自分がみじめでしょうがなくなってくる。
「@よ」
聞き覚えのある声。振り向くと、そこには見慣れた大きな顔があった。
「悔しいのジャな?」
「…でも、僕は、ひとを傷つけるのが…嫌いなんだ」
「お前のその優しさは、誇るべきお前の宝ジャ。ジャがな、良く聞け、@」
あの笑みだ。うすら笑い…というのが正しいのだろうか。
見つめられると、身動きが取れなくなる。でも、悪い感じはしない。不思議に暖かい抱擁感。
「強さの伴わない優しさは、ただの偽善。ただの甘えジャ。
そして優しさの伴わない強さは、強さではない。ただの暴力ジャ」
暴力。その言葉は、@にランドのことを思い出させた。ウエストマウントのガキ大将。
強くなりてぇ。そう言い残して、彼は死んだ。あっけなく死んだ。
あいつのいう「強さ」なんて、僕は、欲しくないと願っていた。
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