第 4 章 

 獄炎の魔導師 砂漠の月は何を知る 








 暗く、湿った洞窟を進むこと幾時。 
 出口から差し込む太陽の光線に、二人は目を灼かれた。 
 雲ひとつない、快晴である。 

フィガロ本国の国土の大半を占める、大きな、乾いた砂の海。 そこに絶海の孤島のごとく鎮座するフィガロ城、しかし今はその姿はない。 おそらくコーリンゲン地方に「移城」しているのであろう。

砂と草原との境界には、多くのテントが設置されている。 旅人達はここで憩い、装備を整え、砂の海へと旅立つのだ。

無け無しの路銀を叩いて、砂漠の旅の準備をする、@とオニオン。 その途中彼らは、思わず耳を疑うような噂を聞いた。

「…戦争!?」

豊かな髭をたくわえた雑貨屋の親父は、真剣な面持ちで、話を続ける。

「ああ。しかし戦争…と言っても、人と人との戦争じゃあねぇ。  フィガロ城を攻め落とさんとしているのは…どうやら、モンスターどもらしい」 「モンスター…」@は、ぶるっとその身を震わせた。 オニオンは、後ろで震える@を軽く撫でつけ、話の続きを促す。 「『大粛清』に業を煮やした近辺のモンスターどもが、フィガロに一斉攻撃を仕掛けるんだとよ。  丁寧に、使者まで寄越して宣戦布告してきやがったそうだ」 「オッサンは、避難とか、しなくていいのか?」 「予定戦地は、砂漠の中央部さ。ここまでは被害は及ばないらしい…軍部の情報だがな。  それに俺だって、今日聞かされたばかりだ。なんでも今夜、開戦だそうでな」 「今夜!?」二人の声が同時に響く。 「ああ…どうりで今日は客も少ねぇワケだな、ハハッ」 景気の悪い話はヤメだ、と雑貨屋の親父は話を切り上げた。 二人は礼を言い、わずかばかりの食糧を買ってから、店を後にした。 抗えぬほどの大きな流れに、二人は翻弄されるような思いであった。 考えもまとまらぬまま、砂漠を突き進む。その足取りは重い。 じりじりと背を焼く陽は、気付けばもう大分傾いていた。 @はふと振り返る。 黄金色から茜色へ、鮮やかに染まってゆく空。 嫌なことも全て忘れ、おもわず見惚れてしまうほど、神秘的な情景であった。 突如その空を切り裂くように、たくさんの黒い影が舞い上がる。 鳥――ではない、もっと大きな――鳥型の、モンスターの群。 十や二十ではない。百はゆうに越える大群。 その大群が、こちらに向かっている。 「な、なんだよっ、あれ」 オニオンも遅れて気付いた。しかし彼の知らない種のモンスターであるらしい。 羽撃きの音が腹にずしりと響く。伝説の巨鳥、ズーを想像すればそれに近い。 その大群が、二人の頭上を通過する。巻き起こる砂嵐に、@は吹き飛ばされそうになる。 向かうのは、恐らく砂漠の中央部。 「開戦かよ!?」 「けど、フィガロ城はっ…」 @の言葉を遮って、耳をつんざく轟音。激しく揺れる砂の海。 大海を二つに割るように浮上し、フィガロ城はその全貌をあらわす。 その姿は、@の想像をはるかに超える大きさであった。 浮上の瞬間を待っていたのであろうか。 先ほど巨鳥が飛来した方角から、さらに多くの影が押し寄せてくる。 今度は陸軍のようだ。牙をもつ魔獣、天をも衝く巨人、果てはドラゴンの類まで。 いずれも戦意を剥き出しに、砂漠を猛進してくる。 「ここ、危ねぇっ!来るッ!」 オニオンはとっさの判断で@をかつぎ上げ、小高い砂の丘に避難する。 さっきまで二人のいた場所を、踏み鳴らして突き進んでゆく獣たち。 向かう先にはフィガロ城。城を上空から取り巻いている巨鳥の群れが見える。 戦局は膠着状態のようだ。 しかし傍目には、完全にフィガロ城は包囲されており、明らかな劣勢である。 夕陽が、微かな残像を残し、水平線に沈む。 ちょうどその瞬間、戦局に大きな変化が訪れた。 ボヂュッ! 遠く聞こえた、鈍い炸裂音。 巨鳥たちの先頭の一羽が、撃墜されたのだ。 ヂュッ! ヂュボンッ!! 二羽、三羽。次々と墜ちてゆく巨鳥。陣形が乱されてゆく。 「…すっげぇ」 思わずオニオンは呟いた。フィガロ城の最新の兵器だろうか。 彼は安全と思われる地帯の際まで、恐る恐る、@を担いで走った。 城の尖塔には、砲台のようなものは確認できない。 彼は、荷物の中に双眼鏡があったのを思い出した。 なおも続く炸裂音。巨鳥の数は、いまや半数程度に減っていた。 捨て身で城に突撃しようとする者は、無残にも返り討ちに合い、地に墜ちる。 地上部隊も、フィガロ城を取り囲んではいるが、攻めあぐねいている様子である。 双眼鏡のレンズ越しに見たものに、オニオンは、その目を疑った。 人影である。テラスにたった一人、佇んでいる小柄な人影。 それ以外にない。兵士も、砲台も、魔導兵器も、何も。 モンスターの軍団は、大混乱の最中にあった。 完全な予定不調和。敵の圧倒的攻撃力。こんなはずではなかった。 上空を包囲していた巨鳥は、もはや数えるほどしか残っていない。 地上にいる者たちも完全に戦意を失っており、中には逃げ出す者もいた。 オニオンは、注意深く人影の動きを視る。 暗褐色のローブを羽織ったその人影は、どうやら魔導師であるようだ。 簡単な印らしきものを結ぶと、その指先に仄かな光が灯る。 その光をゆっくりと、地上にいるモンスター達に向け―――― コォッ! 閃光。日の沈んだ後の薄暗い砂漠が、昼間のように照らされる。一瞬の静寂。 遅れて凄まじい爆発音が轟き、無数の火柱が上がる。 地上のモンスター達は、その一撃でほぼ壊滅状態に追いやられた。 残った者たちも、我先にと戦場から逃げ去ってゆく。 勝敗は、決した。 炎の魔法は、砂漠には向かない。森や、草原などでその威力を発揮するものだ、と言われる。 しかしその通説に異を唱えるかのごとき破壊力を、あの魔導師は持っていた。 また炎の系統に属する魔法には、ファイア・ファイラ・ファイガの三つがあり、 その区別は、それぞれの魔法を行使するのに必要な「契約」の違いによってなされる。 例えばファイアなどの低級魔法は、単純な印や呪文のみで発動できる。 しかし強力な魔法になると、その行使には複雑な印や呪文、儀式などが必要となる。 魔法の力は、上記のような幻獣界との「契約」によって人間界に顕現化されるものであり、 その契約には相応の精神力が要求される。それが魔力と呼ばれるものである。 魔力の足りない者が、不相応な高等魔法を行使しようとしても、魔法は発動しないばかりか、 精神に負担をかけ、自らの命を削ることにもなり得る。 逆に熟達した魔導師であれば、簡単な契約による低級魔法でも、十分な威力が期待できる。 あの魔導師のやって見せたことは、まさにそれである。 印の単純さ、連射速度からみても、発動された魔法は、ファイラだと推測される。 大抵の魔導師では、ファイガでもあそこまでの威力を出すことはできないだろう。 桁違いの魔力である、と言える。 魔大戦を期に、消え去ったとされる伝説の力――そのはずではなかったのか? むろん魔法に関する小難しい話など、オニオンには分からない。 だがあの魔導師の魔力の凄まじいことは、理屈を抜きにしても理解できた。 月が微笑む。 とっぷりと陽の暮れた砂漠を照らしながら、三日月はその唇を笑みの形に結ぶ。 フィガロ城の一角の豪華な客室には、山海の珍味と美酒が並ぶ。 妖艶の女魔導師ベールダンスは、その白く美しい指でグラスを傾けた。 先ほどの暑苦しいローブは脱ぎ捨て、透き通る絹のような肌を露わにしている。 下着同然のような衣装は、フィガロの高官たちの視線を釘付けにしてやまない。 侍女たちまでも、ちらと盗み見をしては歯噛みする始末であった。 「お、おれ…今日、出番、なかった」 宴には不似合いな、重厚な鎧兜に身を固めた隻腕の大男が、彼女の隣で低く呟く。 大男の並外れた豪腕は、ベールダンスの肩幅ほどもあろうか。彼は三つ並べた椅子に、背を丸めちょこんと腰掛けている。 美女と野獣――そんな言葉を連想させる組み合わせである。 「あら、ギガちゃん拗ねてるの?可愛い」 「…」 「うふふ大丈夫よ、夜はこれから、でしょう?」 「…!」 「…楽しませてね」 一方とぼとぼと、月の砂漠を歩く少年と芋虫。 「へっくしぃっ!…冷えてきたな、早いとこ抜けよう」 @は答えない。がっくりとうなだれているようにも見える。 粛清は、止められなかった。つくづく自分たちの無力を確認した。 意気消沈しているのは、オニオンも同じであった。 旅は始まったばかりであるのに、早くもサウスフィガロに帰りたい気持ちが募る。 敵は、誰だ?オレは誰と戦っているんだ? 敵は…帝国か?――オレ一人の力で、何とか出来るとでも思っているのか? 同時に@も、故郷を想う。 ウエストマウントの花梨農場。きっと今頃は、収穫期の真っ盛りだろうな。 あの時、あの夜の「大粛清」が無かったら。僕はきっと立派なアダマンキャリーになってて、 ランドにも、もうビクビクすることなんかなくて…キャリーとも、自然に話してるんだろう。 「大粛清」さえ無ければ――… 過酷な運命に、翻弄される二人。 月は天高く、微笑むようであり、二人を嘲笑うようでもあった。

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