第 3 章 

 海を越えて 出会いの街サウスフィガロ 





 「大粛清」 

 という言葉が使われ始めて久しい。 

 帝国の政策の一環である。治安維持と、恒久の平和のための「大粛清」。 
 帝国議員インフェルノはこれを掲げ、従来の皇帝世襲制を覆し、新政権を打ち建てた。 
 それから8年。彼は巧妙な手腕で帝国を再建し、再び「皇帝」を名乗るに到った。 
 そして、「大粛清」。 

 いわば、世界規模のモンスター一斉掃討作戦である。 

 これにより、各地に跋扈するモンスター達は、年々数を減らしつつあった。 
 治安も飛躍的に向上し、新皇帝の名声を一気に高める一因ともなった、と言われる。 

 しかし。 

 これに疑問を持つ、一人の少年がいた。 
 名をオニオン、という。 
 彼は、モンスターを、単純に害悪とは考えなかった。 

 当時、彼はサウスフィガロに住んでいた。当然その周辺地域にも、モンスターは出没する。 
 だがムーもアンシリーコートもベルモーダーも、みな彼の友達であった。 
 オニオンの日課は、剣の修行をする傍らで、傷ついたモンスター達の手当てや、 
 はぐれたモンスターの仲間を見つけてやることだった。 
 彼に、同世代の――人間の――友達はいなかった。彼も、特にそれを望んではいない。 
 野山に行けば、彼を受け容れてくれるモンスターが、たくさんいたからだ。 

 そんなある日、彼は新皇帝インフェルノの名と、「大粛清」の噂を聞く。 
 皇帝直属の飛空艇団…インペリアル・エアフォースが、 
 近々フィガロ地域のモンスター掃討作戦を決行する、と。 

 彼の必死の主張も虚しく、「大粛清」は、決行された。 

 平原に累々と横たわる、彼が愛した者達の死骸。 
 すぐさま処理班が駆け付け、半時も経たずに、それすらも綺麗に片付けられた。 

 「これで今夜から、安心して眠れるわ」 
 大人達は笑った。 

 彼は、泣かなかった。 
 ただ大きな喪失感と、静かな怒りが、彼の強い衝動を駆り立てた。 
 この世は、間違っている。 
 誰かが、それを変えなくちゃいけない。 

 次の日、夜が明ける前に、彼は行くあても無い旅に出た。 
 ただ漠然と、本当の意味での平和を願い。 
 自慢のオニオンソードを腰に携え。 
 家出同然の、旅立ちであった。 


 そして彼は、 
 @と出会う。

@はそのとき、サウスフィガロにいた。 
 何かから必死に逃げるように草原を駆け、小さな港町にたどり着く。 
 小さな港町には似合わぬほどの、最新式の魔導船――おそらく軍事用――が停泊していた。 
 出港の間際、その小さな身体を機関室のタービンの陰に隠す。 
 ニ日間ほど揺られ、ゆき着いたのは、サウスフィガロであった。 

 @は心身ともに、疲労の極みにあった。 
 粘液を吐き尽くした、やせ細った体躯。さらに連日の移動、二日間の絶食。 
 たまらず@は倒れこむ。朝露に濡れた雑草が心地よい。 
 まだ日は高くない、正午はまわっていないようだ。 

 (このまま…死ねたら…) 

 突き抜けるような秋晴れの天の下、@は思う。 
 この穏やかな気持ちのまま、キャリーのもとへ逝けたら。 
 それが今の@の望みであり、全てであった。 

 ふと、視界が暗くなる。 
 何かの陰に、陽光が遮られる。 
 (…人間…?) 
 「芋虫…?」 

 逆光で、表情までは窺い知れないが…身長、声の高さから、子供であることがわかった。 
 (人間…モンスターに対し、非常に好戦的な種族…) 
 村の大人達に教えられた言葉が、よみがえってくる。 
 しかし@の身体は重く、思うように身動きが取れない。 
 か弱い@の、唯一の自己防衛手段である粘液も、もはや底をついている。 

 (僕は…殺される…のか…) 
 それは悟りにも似た、諦念であった。 
 しかし@の予想とは裏腹に、少年の明るい声が響く。 

 「芋虫じゃん!生きてる!?」 

 甲高い、舌足らずな少年の声。 

 「モンスター、だよな!見たことないぜ、こんなモンスター! 
  なぁ、名前は?なんつーの!?」 
 (えっ…) 
 「な・ま・え!わかる?」 

 安堵と躊躇と、その他様々な感情に混乱する@。 
 少年のペースに巻き込まれながら、必死で言葉を紡ぐ。   

 「…@…」 
 「へぇ、@…か!ヘンな名前だよな! 
  ちなみに、オレはオニオンってんだ!よろしくなっ! 
  なぁ人間の言葉、わかるんだよな!?モンスターも、日々進歩してるんだな。 
  最近は魔法まで使うモンスターもいるらしいじゃん!」 

 畳み掛けられ、さらに狼狽する@。 
 (人間…だよね…でも、悪意があるようには見えない…) 
 「大丈夫かよ、アチコチ傷だらけじゃん!待ってな。 
  あっ、ちぃーっと染みるけど、ガマンしろよ!」 

 慣れた手付きで、@に的確な応急処置を施すオニオン。 
 言われて改めて、自分の満身創痍たるに気が付く。 

 「あ…ありが…とう」 
 消えるようなか細い声で、@はオニオンに礼を言った。 
 返事はなかった。きっと、聞こえていなかったのだろう。 

 それからしばらくの会話は、オニオンのこれまでの経緯、旅立ちのきっかけなどの話題に終始した。 
 会話というには、それはあまりに一方的であり、@は相槌に精一杯、といったふうであった。 
 そこでふいにオニオンは、@に問い掛ける。 

 「なぁ、オマエの…旅の目的は、何なんだ?」 

 @は、答えに詰まった。聞こえの良い旅の目的など、持ち合わせていなかった。 
 しばらく考えた後に、 

 「逃避行」 

 とだけ、そっけなく答えた。オニオンも何かを察してか、詮索しようとはしなかった。 
 彼はすぐに、他の話題を提供した。あてのない旅、これから二人はどこへ行くか。 
 とりあえず、次なる「大粛清」を止めるべく、フィガロに向かうことに決めた。 

 そこからしばらく歩いたが、日が傾きかける前に、彼らは野宿の場所を定めた。 
 一日中歩きづくめでは、@の体力がもたないためである。 

 それまでの旅人といえば、商人・傭兵・旅芸人、と限られたものであった。 
 しかし野党の類はフィガロ王の治世により取り締まられ、 
 「大粛清」の結果モンスターまでも数を減らしつつある。 
 安全に、各地を旅することの出来る時代である、といえる。 
 さすがに少年と芋虫の二人旅は、無謀ではあったが… 
 オニオンの人徳により、この近辺のモンスターに襲われることは考えられなかった。 

 見通しの良い河原。今日はここに落ち着くことにした。 

 オニオンは、焚火の按配を見ながら、簡素な食事の用意をした。 
 干し肉を湯で戻し、ぶつ切りのジャガイモといっしょに煮込み、塩胡椒で味付けをしたスープ。 
 盛んな食欲を見せる両人。@は、二皿もぺろりとたいらげた。 

 そして夜は更けてゆく。 
 ぱちぱち、と爆ぜ、揺らぐ炎を見ながら、@はぽつりと呟いた。 

 「火が…嫌いなんだ」 
 「え?」 

 脳裏に鮮明によみがえる、緋色の記憶。 
 「あぁオマエ、火の扱いとか、苦手か?…しょうがないよな、芋虫なんだから!ハハッ」 

 崩れていく日常。燃えてゆく、愛しいもの全て。 

 「オレは野宿とか、慣れっこだからなぁ…」 

 震えが止まらない。気付かないほど自然に、涙が流れる。 

 「…おい…? おい…どうした、@…?おい…おいッ!」 
 「僕は…弱い… 
  でも…強くなんて………なりたくない………」 
 「どっか悪いのか!?傷が痛むか?」 
 「いや…なんでもない…ごめん、放っておいて………」 
 「放って…おけるわけねェだろ!!!」 

 オニオンが、声を荒げて、吐き捨てるように言った。 


 「なぁ…話してみろよ。オレも散々話しただろ?今度は、オマエの番だ」 
 「………うん」 
 半ばオニオンに気圧されて。半ば、彼を信じてみようという勇気を出して。 
 @は語り始めた。彼の生い立ち、過渡期のこと、キャリーのこと、あの夜の出来事。 
 言葉が上手いほうではなかった。しどろもどろで、精一杯、自分の物語を伝えた。 

 話しながら、ちら、と彼を見る。 
 まだあどけなさを残す顔立ち。くりっと大きな黒い瞳。 
 野生児の印象をもち合わせながらも、どこか気品のようなものを感じさせる。 
 彼は真剣な表情で、@の話に耳を傾けている。 

 一時ほどかけて、@は語り終えた。 
 オニオンは、@を多く励ますことをしなかった。 

 「オレは…オマエの味方だからな」 

 痛いほど、彼は@を理解していた。 
 そして気付いていた。自分達は、似たもの同士であること。 

 「聞いてくれて…ありがとう…」 

 涙ぐんだ鼻声で、@は、オニオンに精一杯の感謝の気持ちを述べた。 
 返事はなかった。礼を言われることに慣れていない彼は、きっと、照れていたのだろう。


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